芽の話
黒のタイルを掃除しながら私は何年か前の事を思い出していた。
高校に入ってすぐの事だ。
私は同じクラスになった相楽咲君という男の子に興味を持った。
クールであまり人に興味がなさそうで普通にかっこよくて。
もうただ本当に興味が湧いたってそれだけだった。
なんできっかけも無いのに、ここまで惹かれるんだろう。
人ってやっぱりおかしな生き物だ。
そして時間が経つにつれ、相楽君の事をよく知るにつれ、私は彼に対して沢山の愛を生んでいった。
彼を見ていられる時間同じ教室に居られる時間が幸せで、もうただただ幸せで、でもそれだけじゃ足りなくって、自分のものにしたいしもっと私を意識してほしい。
そう思い始めて私は意を決した。
私の恋がただの恋じゃなくて恋愛に変わるのにいうほど時間はかからなかった。
思い切って告白したら、なんとオッケーを貰えたのだ。
私は頬を真っ赤にして二つ返事で彼のよろしくお願いします。という言葉に答えた。
そんなトントン拍子に進んでいた幸せな日々の中で、私はなんとなく彼に対して引っかかることがあった。
私達生徒は皆委員会か部活に必ず入ることになっていて、咲と私が入ったのは違う委員会だったけど放課後はいつも一緒に帰った。
でも、いつもいつも咲は委員会のとある先輩を見かけると、じっと見つめて私の話も上の空だった。
最初はその先輩も男だしあまり気にはしていなかったけど、私とのデートの時にその先輩から連絡が来ると、咲が嬉しそうに返信していたり、咲に用があって先輩が教室に来た時も嬉しそうに小走りでドアの方へ走っていく咲を何度も見るうちに、もしかしたら咲はあの先輩のことが好きなのかもしれないという考えが私の頭の中を回った。
まあそうは思っても本当かなんて私にはわからないし、決まったわけでも無い。
別に二人が付き合ったりしているわけでも無い。
あまり気にしないようにして、高校の三年間は咲と付き合い続けた。
そして、高校を卒業して一年程経った時。
私の恋人は死んだ。
あっけなく急に連絡が取れなくなったと思ったら、殺されていたことがわかった。
そして、卒業後の一年間私は咲に浮気されていた。
もちろんあの男の先輩とだ。
私はそれを知ってはいたけれど、相手が男という事もありなんだかそこまで嫉妬する事もできなかった。
それに咲は私のこともちゃんと大事にしてくれていたし、もう四年も付き合っていたから別れる気にもなれなかった。
それよりも問題なのは私の愛する恋人を殺したのは私のお兄ちゃんだという事だ。
咲の好きだった先輩は咲と付き合う前はずっとお兄ちゃんの事を一途に思っていたらしい。
でも、お兄ちゃんは私とお兄ちゃんと同じ委員会の夢先輩のことが好きだったから、その先輩には一切振り向く事はなかった。
多分今までずっと愛されていた人が急に自分に愛を与えなくなったから、混乱してしまったのだろう。
それでも私の恋人を殺すのは許せない。
そう思ってお兄ちゃんと話をしたかったけれど、彼も夢先輩と結婚した旦那を殺した時に一緒に自殺したから、私はお兄ちゃんの開いたもう誰もいない抜け殻のような美術館に一人で訪れることしか出来なかった。
床に乱雑に置かれた最後に描かれたであろう作品を飾り、私はオープンの看板を外に出した。
こんなにダーティーな絵しかない美術館なんて。
なんて美しくて汚いんだ。
そして私はここで今日も誰かに伝えるのだ。
私達に起こった人間の汚によって生まれた出来事を。
「人に感情なんてあるからこんなに人は汚いんだ。」
なんて言う人もお客の中にはいる。
でもね。
人の心を動かせるのは人の心だけ。
幸福感も不快感も作れるのも人の心だけ。
幸せだけでも絶望だけでもなくて幸せも絶望もあって、世界が回っている。
だから、どっちかに偏ると人は崩壊する。
与えられなくても、与えられすぎても分からなくなって人は崩壊してしまう。
お兄ちゃんも夢先輩もそうなんだ。
だからもうこんな事は起こらないように、私はお兄ちゃんの美術館でこの出来事をたくさんの人に伝えて行く。
だって、みんな愛のバランスを取らなきゃいけないもの。
そんな事を思いながら私は一番新しく飾った作品を優しく撫でた。
愛の形が違うって本当に素晴らしい。
私だって結局お兄ちゃんを許してはいないけど恨んでもいないんだから。
人の汚展 空色ららみ @sorairorarame
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