閉館

「なんだか、悲しい話ばかりですね。」


「えぇ、そう見えるかもしれませんね。」


「え?」


悲しい話に見えるかもしれない...?

どう見てもこれは、悲しい話ばかりじゃないか。

作品を全て見終わった後味はとても悪い。

最後の話がまだよかったなんて思うほどだ。


「じゃあ、そろそろお代をいただきましょうか。」


「あ、いくらですか?」


「さっきもいいましたけど、お金はいりませんよ。

お金よりも価値のあるものが欲しいのです。

貴方はお金の方が好きかもしれませんね。」


お金じゃないとしたら何がお代なのだろう。

何か僕にやってもらうとか?

お金よりも価値のある僕ができる事。

もしかしてこの人も、さっきの少年のような人なのだろうか。


「は、はぁ。」


「じゃあ頂きましょうか。貴方のお話」


「僕の、話?」


「そうです。貴方の今まで紡いできた話、今紡いでいる話。私に下さい。貴方もそれを望んで、この店を見つけたのでしょう?痛くも痒くもありません。きっと素晴らしい快感ですから。」


「え、それは、どういう?」


「ほら、目をつぶっていれば直ぐですから。」


彼のいう通りに僕は目を瞑る。

鈍い痛みが僕の腹に走る。

ポタポタと何かが垂れる音がした。

何が垂れているんだ?

じわじわと僕の腹が暖かくなって行く。

なんだか鉄のような匂いがして、

手を腹に当ててみると、ぬめっとした暖かい何かが僕の手についた。

あ...ああ、そうか。

僕は刺殺されたのか。

そう自覚したと同時に、鋭い痛みが僕の腹に走る。

なんだか体から力が抜けるような感じがして、

立っていられない衝動が走り、その場に倒れこむ。


「あははは、快感なのは私だけでしたね」


「僕も.....飾られるのですか」


「えぇ、勿論です。嬉しいでしょう?この世界に貴方の存在を刻み込んで死ぬことが出来て」


「あぁ、貴方の言う通りです。誰にも、気付かれずに、死ぬよりも、全然良い。」


目の前の男は少し目を見開いた。

僕が死ぬことを喜んでいるのを驚き、また不服そうに...


「良いのですか。死ぬ間際に誰にも見届けられなくて。」


「貴方が...見届けてくれるじゃありませんか。それに、死にたかったから、丁度良かった。」


僕の意識はもう消えかかっていて、目の前の男が声を粗く上げて、何かを言っていたが、もう僕の耳には何も聞こえなかった。


「何故ですか。如何して、如何して!

もっと足掻けよ、死にたくないって、まだ生きていたいって、なんで笑ってるんだよ。なんでそんな嬉しそうなんだよ。」


男は地団駄を踏み、倒れている男のナイフを抜き、もう一度刺した。

グシャっという音とともに、赤い虹が一瞬掛かる。

刺された方の男の顔は潰れ、見えなくなった。

男は満足そうに奇妙な笑みを浮かべた。


「みんな、僕を一人にするからこうなるんだよ。

ねぇ、さっきから必死に文字ばかり見つめている、貴方はどう思うの?

ねぇ、貴方は、何が僕らをこうさせたと思ってる?

僕はね、同じ時を、同じ場所で、歩んだことがあるはずなのに、僕らの人生の色濃い記憶が、重なり合わないからだと思うんだよね。僕らの価値観が、違うって事だよ。」


男はナイフを取り、自分に向ける。


「先輩、これでやっと僕は貴方のことが忘れられますよ。約束、ちゃんと、守りましたからね。」


床の黒いタイルは、赤く染まり、部屋から呼吸のする音が消えた。

部屋には、赤と黒だけが残っただけだった。

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