会館
彼はただ一人世闇の中を歩いていた。
家に帰るもただ一人、一人の生活で余ったお金だけがただ溜まる日々。
休めない仕事場、めんどくさい人間関係、たまに電車で隣に座る女子高生の、タバコ臭い僕を見る哀れな目、迷惑そうな顔。
つまらない。
僕は何のために生きてきたのか、僕は今何のために生きているのか。
分からない。
そんなくだらない事をまた、ぼんやりと考えながら帰路を急ぐ。
別に急ぐ必要はないけれど、早く今日のやるべき事は終わらせたい。
終わらせても、どうせ明日が来て、明日のやるべきことがあって、また終わって、また次の日が来て...の繰り返しだろうけど。
「あれ、あんな店あったか」
僕の帰路はいつも同じ、いつも同じ風景なのに、何故か今日はいつも無い店が見える。
工事していたわけでも無い、開店の準備をしていたわけでも無い。
黒いツルツルした壁に、黒いガラスのドア。
何のお店かも書いてないが、ドアにかかるopenの看板。
怪しい、見るからに怪しい。でも何故か引き止められる。
早く家に帰りたいはずなのに、足を止めてしまう。
明日には、この店はもう無いような気がしてならない。
そうなるともう、入るしか無い。
ゆっくりと重い扉を僕は押した。
カランカランと優しく、そして色濃く、誘惑するような鐘の音がなった。
「いらっしゃいませ」
何処からか人の声。
店の奥だろうか、しばらく辺りを見渡しながら待っていると、人が出てきた。
「あの、此処は何の店なんですか?」
「此処は美術館です」
「こんなに狭いのに?」
「狭くても此処の展示は珍しく、店の外の人も魅了する。貴方も、此処の展示に導かれて来たのでしょう?」
達者に話す目の前の男は、黒いスーツ姿で如何にも此処の人間というようなモノクルに白い手袋。
そう、執事のような格好。
でもしかし、彼は少し背が低く、しなやかで、女性のような美しい髪をしていた。
「さあさ、貴方も心がお疲れなのでしょう?お代は後々、大丈夫。お金はかかりませんから、珍しい此処の絵を、どうぞ見ていってくださいまし。」
貴方も。
僕はポケットの中の招待状を思い出した。
家のポストに入っていた黒が基調のデザインの招待状。
ずっと気になっていた。
でも何処にあるのかわからずずっとポケットに入れたままにしていたのだ。
あぁそうか僕がここの展示を見ることはもう決まっていたのか。
「じゃあ、それで」
と僕が答えると、目の前の男は嬉しそうにほほえんだ。
そして、くるりと背中を向けると付いてきてと言うように一度ちらりと僕を見て作品の方へ歩き出した。
「では、ご案内致しますね。まずはこの、僕の話という作品を見ていただきながら、私がこの作品に秘められし物語をお話しさせていただきます。」
目の前の男は、桜の中に三人の人間が描かれた絵を指した。
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