一作目 僕の話

「糸君...私は...」






春が来た。出会いの...そして、別れの春が来た。


「もう...春か」


待ち望んでなんかない、春なんて来なくていいのに。

ずっとそう思っていた。


...でもそんな願いは叶わない。

何度でも春は来る、

そしてまた別れと出会いが交差する。

大切な人と別れたら、すぐにまた新しく大切になるであろう人に出会う。


それに、この学校にいられるのは永遠じゃない

三年が過ぎれば皆この学校から去って行く。

だから、いくら僕がまだこの学校の生徒だとしても、貴方はいなくなってしまうのだ。

明日からは貴方に会えない、いつも共にしていた委員会活動だって、もう明日からは出来なくなる。

貴方に褒められる事も、僕が貴方を支える事も、

もう終わってしまうのだ。


でも、もしも僕が勇気を出せば、僕のこの気持ちが貴方と重なりあえば、これからも貴方と同じ日々を歩んでいけるのかもしれない。

僕がここで貴方にこの想いを告げなければ、これから一生会う事もなく、後悔するかもしれない。


例え貴方と気持ちが重なり会わなくても、それは僕にとって、残りの学校生活に集中する良いきっかけにもなる。

きっぱりと諦めて、

貴方以外にも目を向けられるようになるのかもしれない。


どちらにせよ、想いを告げないのは必ず後悔する。

そんな事は流石に僕でもわかる。

だから、今日は絶対に貴方に想いを伝える。

...勿論、僕が得るのはこの先の集中力に決まっているけれど。



先輩はそろそろ卒業証書授与が終わった頃だろう。

僕は先輩を探そうと歩き出した。

桜が咲き誇るこの校庭の何処か、もしくは教室か。

先輩はまだきっと学校内にいるはずだ、

日が暮れる前にあの人を探さなければならない。


青かった空に、

暖かくまた切ない色がかかり始めた頃。

僕は立ち止まる。


桜の木の側、ふわりと茶色い髪を風になびかせる、その人影。

美しい横顔を夕焼けが照らしていた。

ここには貴方と僕以外誰もいない、というか普通は誰もここには来ない

でも、此処は何処か懐かしく、また景色も美しい。

夕焼けも、街並みも、桜も。

まるで先輩が用意したかのように、美しかった。


用意............か。

もしかしたら、僕が来る事くらい分かっていらっしゃったのかな、なんて考えて、恥ずかしくなった。

まさかとは思うけど、

もしかしたらそうかもしれない。

僕って、そんなに分かりやすかったかな。


「糸君」


「夢先輩」


ふわりと桜の花弁が僕と先輩の間を駆けた。


「明日から委員会のみんなをよろしくね」


「はい」


「糸君はもう二年間やってきてるから仕事には慣れているでしょ? 後輩も貴方に懐いてくれているし。だから頑張って。」


「ですが、先輩。...僕はまだ心配です。先輩が抜けた保健委員会なんて、考えられません」


「どうして?糸君はもう一人前だよ。

校医の東野先生も認めて下さってるし」


「それはありがたい事ですが、僕は、先輩、

貴方の事が...」


ぐっ、と僕は先輩の目を見る。

彼女もそれに答えるように僕の目を見た。

貴方は少し首を上に傾けて、

僕の目をじっと見つめた。


「僕は、貴方の事が好きです。僕は先輩の存在に支えられて、ここまで来ました。

どうかこれからも僕と話して、いや、これからは、

僕とお付き合いしていただけないでしょうか」


先輩は、視線を僕から一度も離さなかった。

しかし少し眉をピクリとさせ、

夕焼けの陰に表情を隠した。

あぁ...そんなの分かりきっていたことだった。

僕はやっぱり、集中を得るのか。


「...ごめんなさい、先輩!...変なこと言ってしまって。これは忘れてください。でも、これからも僕を、貴方の後輩でいさせてください」


僕は先輩に背を向けて、自室の方へ帰ろうとした。


「待って...! 糸君、私は...貴方の事が、好き...だよ...」


僕の小指だけそっと掴んで、

震えた声で彼女は言った。

いつもハキハキしているけれど、時には冷静でおしとやかな彼女からは、想像できないような声。

僕は驚いて彼女の方に振り返る。

そして彼女をぎゅっと抱き寄せた。

彼女も僕に腕を回す。

そして彼女はかかとをあげ、僕の頬を小さな手で包み込む。

一瞬、風が止んだ気がした。

暖かい...

彼女の温もりが僕の唇に広がる。

そして彼女はまた僕の背中に腕を回し、今度は下を向いた。


「糸君...私ね、貴方の事が好きなの」


「はい...僕もです」


「でも、だめ」


「...え...?」


腕の中の彼女はふるふると震えている。

彼女は僕の腕の中からするりと抜けると、僕の両手を小さな手で包み、また下を向いた。


「ごめんなさい、糸君」


「...先輩?」


「貴方の事は好きだけど、

...付き合うのは、出来ないの」


彼女の瞳は潤んでいた。

そんな彼女を、どうやって笑顔に戻したらいいのか、到底僕には分からなかった。

僕だって泣きたいさ。


「だから、糸君。最後に私のお願いを聞いて欲しいの」


「はい、なんでも言ってください」


「                    」


「......また、先輩に会えますか」


「...それはどうかな。」


カーン、と職員室の方から鉦の音がなった。

その波動は僕らの空気を揺らし、

また通り過ぎていった。

先輩はその音を聞くと、ふっと息をついて僕の手を離す。


「じゃあ、そろそろ私は行くね」


目を瞑るような強風が過ぎた後には、もう先輩の姿はなかった。

僕の手の中には、ただ一つの桜の花が咲いていただけだった。

あっという間に、貴方は何処かへ行ってしまった。

風のような速さで、僕がまださよならを言う前に。



「糸ー!」


声のする方を振り向くと、クラスメイトの真が僕の名前を呼んでいる。

僕は彼の方向に走りだした。

夕焼けの温度と、桜の花を握りしめて。


「ありがとうございました、先輩。

...さようなら。」


真に聞こえないくらいの声で、僕はそう言った。

すると、それに答えるかのようにふわりとそよ風に乗って桜が舞う。

貴方と次会うときは、暖かい場所でありますように。

どうか、冷たい闇の中では合いませんように。

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