夢の崩壊

「夢ちゃん夢ちゃん。ありがとうして。」


「うん!ありがとう。おばさん」


「いいえ〜、御宅の娘さんしっかりしてて素直でとても良い子ねぇ。」


「あらぁ、ありがとうございますぅ。夢ちゃん、よく出来ました!良い子ねぇ。」


「うん!夢良い子!まま大好き!」


穏やかで暖かな会話が夕焼けの中で行われた。

ついこないだ幼稚園に上がったばかりの少女を囲んで、大人達は優しくわらう。

少女の純粋で無垢な笑顔が夕焼けの中でただ一人輝いていた。


生まれたばかりの人間は美しい。

社会の闇を知らず、感じたことを正直に、言われたことを素直にそつなく熟す。

君は、言われた事を素直にこなせているだろうか。

感謝もしてないのにありがとうと言葉にしているだろうか。

皆がそう言ったから嫌でも自分もそう言っていないだろうか。

いや、ほとんどの人間はただ言っているだけだ。

あ、り、が、と、う、と発音しているだけ。

ただそれだけだ。

そして美しい今にも壊れそうな使い捨ての仮面を被り、本当の心を見せようとしない。

言われた通りに有難いと思ったりすることも出来ない。

また、隠せてない本心にも、目の前の人間の本来の姿にも、気づかないふりしている。

何て無駄な時間なのだろう。

わざわざそんなことをしてまで人と関わる意味がない。

それでも我らは独りになることを恐れ、また独りを愛している。

身勝手で扱いづらい。

だからこそ純粋で無垢な、本心を隠すことを知らない子供は生きづらいのだ。

思っている事を伝えただけなのに、何故か怒られる。



「夢は貴方のそうゆう所はあんまり好きじゃないの。」


伝えただけだ。

直して欲しいから、本当にそう思っているから。

夢はただ伝えただけだった。

でも、私の母は私になぜか怒った。


「そんなこと言ったら喧嘩になってめんどくさいでしょう。やめなさい。マイナスな事は言わないの。もう、良い事しか言わなくて良いの。言っていい事と悪いことくらい判断しなさい。」


正直に言う事は悪い事なのか。

でも、正直に言わなければ言わなかったで怒るじゃないか。

言わないという事は、思ってないよって言ってるのと同じじゃないか。

それは嘘になる。

いじめを見て見ぬ振りするのがいじめであるのなら、思っているのを見て見ぬ振りするのも嘘になるのではないだろうか。

なんて都合のいい。

都合の悪い事は屁理屈をつけてそれが汚い様に見せて、都合のいい時はそれは素晴らしいものと賞賛する。

正直で真っ直ぐな人間を素晴らしいと言ったのはどこの誰だ。

他でもなく貴方だ。

正直でなんでもいう人間を酷い奴だと言ったのはどこの誰だ。

もちろん貴方だ。

嘘をつくのは良くないと、「嘘をついたら泥棒の始まり」だと言ったのはどこの誰だ。


「わかった。お母さん、ごめんなさい。」


発音だけして私はもう誰かに本当のことを言うのはやめた。

でも、同時に喜びそうな事を言ってみることにした。

私は綺麗事だけ言ってくる人間の事は嫌いだけど、私もそうなろうとしていた。

結局自分は良いんだ。

良くないと分かっている方向に進もうとしている。

もう進んでいる。

一歩踏み出したら止まらない。

歩くたびに夢が壊れていく。

どんどん違う物が入って行く。

原型を留めなくなる。

形が変わってゆく。


最初に夢と名付けられた時の夢はもうどこかで壊れて、最初の夢が形を変え、新しい夢が作られ始めていた。


「お母さん。あと少しで、あと少しでお母さんの望む夢の完成だよ。」


結局子供は親の望みの上を歩く。

怒られるというめんどくさい行事を回避するために。

だからいつまでたっても同じ種類の人間が存在する。

夢の子供は夢になるのだろう。

もはや彼女自体もまた夢の皮を被った別の誰かなんだろう。


夢が中学に上がる頃には、嘘をつくのを悪いことだと一体誰が決めたんだろうと思う様に成っていた。

もう夢には嘘が悪いことには見えない。

昔の私はどうしてあんなに嘘をつくのは良くないことだと声を上げて言うことが出来ていたのだろう。

今考えれば「嘘をついたら泥棒の始まり」なんて言葉、誰が信じるのだろう。

もはや誰がそんな事を言い始めたんだろう。

私はもう立派な泥棒なんだろうか。

でも、もし言い始めたのが大人だったのなら、言い始めた貴方も泥棒だったんじゃないのか。

泥棒は自分だけでいたかったからそんな事を言ったのだろうか。

そんな疑問でいっぱいだった。

嘘をついて何が悪い。

正直に言ったら怒られる。


でも私は嘘で全て隠す奴が嫌いだ。

そんな中見つけた彼に私は興味を持った。

一つ年下の後輩。

私の言葉を全て受けいれ、そつなくこなす。

私のことを心から尊敬して、そしてまた私を愛している。

これは嘘じゃない。

彼が私に見せる愛は本物で、見せる笑顔も本物だ。

私を愛する故に見える笑顔。


どんなに嘘を繕っても、愛する人の前じゃ全て崩れてゆく、えがおも笑顔になり、言葉も本当になる。

でも、それだと、本当の私が見えてくる。

お母さんが嫌った本当の私が。

お母さんが良くないと言った本当の私が。

きっと彼もそう思うだろう。

でも、愛しているから隠したくても滲み出てしまう。

溢れてしまう。

思いとともに私の本当が垣間見えてしまう。

そして私も愛する貴方の本当を求めてしまう。

もっともっと奥深くまで見たくなる。

綺麗な私でいるために、私は壊れた私をまた壊した。







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