世界観も登場人物も確固として鮮やかな、颯爽たる中華風大河小説

三国志を彷彿とさせる、ゆったりとした情景ながらそこはかとない不穏な気配を遠雷のように感じさせる雰囲気で、この物語は始まります。

「割りの良い仕事がある」と父に呼ばれ、辺境の地から都にやってきた少女、アト。しかしその仕事とは、後宮にて皇子の側近くに仕え、その身辺を警護するというものでした。

宮廷は皇帝が崩御し、その跡を継ぐはずの皇太子も密かに薨去したばかりという、まさに暗雲垂れ込め魍魎が跋扈するかのような不穏極まりない状況です。遺された先帝の皇子は二人、そのうちの一人がアトが警護することになる第五皇子・泱容なのですが、彼もまた母が外つ国の出身だったことからこれまでまともに皇族として扱われてこなかったところ、皇太子の死を機に表舞台に立たされることになったという複雑な立場。

ましてアトは部族長の娘とはいえ辺境の山育ちで、一族の慣習から男子同様に育てられており、腕っぷしには自信があれど、宮廷での礼儀作法や振る舞いなど欠片も心得が無いという少女。加えて守るべき対象の皇子はひねくれ者で非協力的、果たしてアトは女官として後宮に潜入し、皇子を守るという大役を務めることができるのか、ひいては提示された通りの報酬を手にすることはできるのか――。

と、そのようにアトの前には難題が山積しているのですが、彼女は彼女なりに地に足の付いた努力を重ね、ときには知恵を絞り、一歩一歩進んでいきます。
真っ直ぐな心根の持ち主で、一見直情的かと思いきや、非常に現実的な視点や思考も持ち併せており、大変好感が持てます。

読み進めていくごとに、次はどう対処するのだろう、と楽しみにお話を追うようになっていきました。

またこの作品はキャラクターの描写がとても際立っていて見事です。
皇子泱容はその複雑な生い立ちのためか、登場時は非常にひねくれており、且つ気位も高く一筋縄ではいかない難物なのですが、それが行動や言動で端的に描き出されており、いとも容易く頭の中にその人物像が浮かび上がります。

これは他の登場人物に対しても言えることで、それぞれの個性が光る台詞のひとつひとつが活き活きとしており、この重厚な背景の物語をテンポ良く読み進めていくことができます。

第一章読了時点で本レビューを書いておりますが、第二章も引き続き楽しみです。

確かな世界観と個性的なキャラクターの織り成す物語、ぜひご覧になってください。