第5話 蛇足




 三十三佐知が死を望むかどうか質問したところで、赤坂睦月が泡を吹いて卒倒したため、返答を聞く機会そのものが消失してしまった。


 赤坂の意識というべきか魂が危ない状態にあると悟った稲荷原流香は父親に救急車を呼ぶように頼み、救急車が車での間、必死で祝詞を捧げていた。


 救急車を到着すると、日向に赤坂に付き添うように言い、後の事はこちらで処理すると伝えて、容体が芳しくはない病院へと運ばせた。


 そんなこんなで、落ち着いたのは正午頃であった。


 すっかり疲れ切ってしまった稲荷原流香が拝殿へと戻ると、三十三佐知が正座したままの状態でじっと待っていた。


 赤坂が意識を失った時から身じろぎもせずにそこにいたようであった。


「あなたは化物であると同時にとても人間くさいのですね」


 拝殿に入ってきた流香を横目で見やりながら、三十三が冷静な口調で言う。


「化物になりかけてはいますが、私は人間でありたいと思っています」


 流香は三十三と正対するように正座して、平生と変わらない声音でそう告げた。


「前言撤回したいのですが、よろしいですか?」


「前言とは、私が人間くさいという言葉ですか? それとも……」


「私を消滅させてください、という願いです」


「命が惜しくなったのでしょうか?」


「いえ、あなたが化物になるのか、人間のままでいるのか、見定めてから消滅するのも悪くはないと思いまして」


 三十三はそう言って、くっくっと低い声で笑った。


「……構いません。依頼主がああいった状態になってしまって、ただ働きのようになってしまったので。私があなたを消滅させる理由がなくなってしまいましたから。ですが、条件があります」


「……どのような?」


「二つあります」


 流香は右手を挙げて、ピースするように人差し指と中指を立てた。


「一つ目は霊媒体質の人に近づかない事」


 流香は立てていた中指を折った。


「はい」


「二つ目はあなたの事を教えて欲しい」


 流香は人差し指を下ろした。


「……私の事?」


 お面のように無表情を貫いていた三十三がその一言で態度が軟化したかのように雰囲気が暖かくなった。


「正体不明の幽霊が私の傍をうろちょろするのは煩わしいので」


「私は三十三佐知。数十年前、千里眼使いとしてとある地方で名を馳せていた女です。逆恨みをされてしまい、刺し殺されてしまいまして」


 そう言うなり、三十三は照れたように微笑んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とある心霊スポットにて ~ 怪異譚は眼帯の巫女とたゆたう ~ 佐久間零式改 @sakunyazero

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ