第4話 結




「私が……霊媒体質?」


 赤坂睦月は目をぱちくりさせて、信じられないといった表情を見せた。


「えっと……昨日の夜、某県の○○トンネルに肝試しに行った時に化物みたいなのを見てしまったんだけど、それは私の霊媒体質が原因って言いたいんです?」


「質問をしたいのは私です。訊きたいのは、あなた方は何を見たのですか? 正直答えてください」


 自分の質問に答えず、質問に質問を返された赤坂はむっとしたような目になるも、すぐに気を取り直したのか、


「私が見たのは女だったけど、足しかなかったのよ。太ももの途中からないのよ。で、その足がトンネルの中を歩いていたわ。綺麗な女っていう印象が残っているけど、よく考えてみると不気味よね」


 赤坂がそう言った後、軽く身震いをした。


 思い出した事で恐怖が再燃してしまったようだった。


「赤坂さんと違って、僕が見たのは落ち武者の霊だった。僕達の存在に気づいて、刀の柄に手をかけたんで慌てて逃げ出したんだけど……。どんな霊だったのかは、侍ぽいってところしか覚えてない」


 続いて、日向が苦笑しながらそう説明した。


「……何も見ていません」


 最後には、三十三佐知がそう言ったところ、流香は改めて赤坂を見つめるなり、右手を挙げて人差し指で天井を指し示すように上げた。


「質問があります。肩にまとわりついている霧のようなものが見えますか?」


「え?」


 日向が焦点の定まらない目で自分自身を見始め、


「見えますか?」


 念を押すように言うと、


「何よ、それ!? み、見えないわよ、そんなの!」


 赤坂が顔面を蒼白にさせ、腰を浮かせるなり、肩から何かを払いのけるような仕草をし続けた。


 三十三はそんな二人とは違い全く動じていなかった。


「落ち着いてください。その程度の浮遊霊、消滅させる事は造作も無いことです」


「だ、だけど……」


「だったら、祓ってよ!! 今すぐに!!」


「その程度の低級霊、私にとっては埃を払うよりも簡単に祓う事ができます。問題は……」


 流香は中指を立てて『二』を表現する。


「隣の男の人が『赤坂さん』と言っていましたが、赤坂さんでいいのですよね?」


「そうよ。私の名前は赤坂睦月よ。それがどうしたっていうのよ」


 赤坂は腰を浮かせたまま、若干けんか腰で答える。


「ならば、赤坂睦月さん。あなたの背後に座っている女性の姿が見えますか?」


「……女性?」


 赤坂から全身の力がすっと抜けた。


 けんか腰であったはずなのに、腕がすとんと落ちて、流香の言葉の意味を掴みかねているといった様子だった。


 しかも、後ろにいるという女性を見て確認する事が恐ろしくてできる様子はなく、視線を左に流しては中央に戻し、右に流しては中央に戻すという事を繰り返していた。


 妙な汗が全身から噴き出してきていて、顎の先や指先などから床へと滴り落ちていく。


 赤坂は惑乱に陥ったようだった。


「女性って……誰です?」


 日向が目を彷徨わせながら、確かめるようにそう訊ねてきた。


「ふふっ、見えませんか? 赤坂さんの背後に座っている女性が」


 流香が三十三を見やると、にっこりと微笑み返してきた。


 日向は声を出す事さえままならなくなったのか首を小刻みに横に震わせた。


「赤坂さん、あなたの霊媒体質がこの女性の霊を呼び寄せていたのでしょう。おそらくは心霊スポットに行くずっと前から取り憑いていたのでしょう。そうですよね?」


 流香は赤坂ではなく、その後ろに座している三十三に問いを投げかけた。


「その通りです」


 三十三は笑い返して、口元に手を添えた。


「赤坂さん、あなたはこの女性の霊に影響を受けすぎています。何故心霊スポットに行ったのですか? 何故、私のところに来たのですか? その答えが、あなたの霊媒体質の結果です」


「暇だったから肝試しがしたいって思って心霊スポットに行って……ここに来たのは……地元に有名な退魔師がいるって話を思い出したからで……」


 赤坂は虚ろな瞳になって、ぼそぼそと呟き出す。


「あなたの背後にいる霊の影響……つまりは、霊障を受けての行動です。あなたは自分の意思で行動などしていなかったのです」


「私が……あはっ……あはっ……ははっ……決めてなかった? ははっ……そんな……私が決めて……やった……はずなのに……」


 赤坂が壊れたように笑い出した事など気にする素振りを見せずに、流香はその背後にいる三十三に鋭い視線を送る。


「私の名は三十三佐知。霊でいる事に疲れたので、霊媒体質の方に取り憑いて誘導することで私を滅する事ができる方を探し続けていました。どうか、私を消滅させてください。お願いします」


 三十三は姿勢を正して、流香に対して深々と頭を下げた。


「姉も言っています。人に取り憑いて誘導する事ができる霊はそれなりの力を持っている、と。エペタムでなければ消滅させる事ができないかもしれませんね。それでも良ければ……ですが」


 流香は返答など待たずに立ち上がり、封印を施してあるエペタムが保管されている場所へと足を向けた。





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