第3話 転




 賀茂美稲荷神社は東京都北区、どちらかといえば東十条、赤羽寄りの場所にあるものの、狐の行列が行われる王子が近いという事もあってか、それなりに有名で参拝者も多い。


 近くのコインパーキングで車を停めて、日向達は降りると一目散で賀茂美稲荷神社へと向かった。


 家に帰る気が起きなかった日向達はカラオケ屋に入って夜を明かしてからその足で来たのであった。


 賀茂美稲荷神社にホームページがあり、電話は朝の七時から受け付けているとの事だったので、七時一分になってから電話すると、男の人が出た。


 霊に取り憑かれたかもしれないと説明すると、


「そういう案件ならば、娘の流香が適任かもしれない。今日は終日いると思います」


 との返答だったので、


「今すぐ行きたい。一秒一分でも早い方がいい」


 と、言うと、


「流香にそう伝えておきます。まずは社務所に来てください。そこで手続きをしますので」


 と、なったのであった。


 賀茂美稲荷神社に到着すると、言われたとおり社務所へと向かった。


 社務所の中には、やつれた顔をした狩衣を着た老人がいるのが窓ガラス越しに見えた。


 日向達が近づくと、老人はその気配を察したからなのか、日向達に身体を向けて視線を向けるなり、一礼をした。


「今朝、予約した日向です」


 老人が社務所の窓を開けたので、早足でその前まで行き、早口でそう告げると、社の方を指し示して、


「……なるほど。娘の方が適任だと見受けられる。流香が拝殿の方で待っているので、そちらに」


「手続きは?」


 日向が怪訝そうに訊ねると、


「私の家系は視えてしまう血筋であるらしい。そうでなければどれほど幸せであった事か」


「はい?」


「その様子だと手続きは不要でしょう。拝殿で待っている娘の流香が全てを見抜くはずです。私では役不足でしょう」


 それだけ言って、老人は窓を閉めて、中へと引っ込んでしまった。


 老人の不可解な行動に日向と赤坂は小首を傾げるも、気を取り直して言われた通り社へと向かう。


 賽銭箱が置いて在る場所に五段からなる木の階段があり、そこからしか拝殿の中には入れないようであった。


 土足厳禁の看板もあったので、日向と赤坂はそこで靴を脱いで社に上がる。


 上がった先に引き戸があり、そこを開けないと拝殿の中には入れないようであった。


 日向達はいくらか逡巡した後、


「失礼します」


 と、声をかけてから引き戸を開けた。


 社殿の奥に一人の巫女がいて、日向達を迎え入れるように正座をして待っていた。


 どこか大人びた色香がある事から同い年くらいなのではないかと赤坂は推測した。


 その巫女が左目に眼帯をしているからなのか、日向も赤坂も少なからず尻込みするほどの異様な空気をまとう眼帯の巫女に気圧された。


「……憑き物ですか。それに……霊媒体質と……」


 眼帯の巫女はそう言って口元に不敵な笑みを浮かべ、くくっ低く笑った。


「分かるの? 見えるの?」


 赤坂が中には入れず、引き戸の手前で立ち止まったまま、恐る恐る訊ねる。


「はい。肩に靄のようなものがかかっています。どこでもらってきたのですか、そのような霊を?」


「えっ?」


 赤坂だけではなく、日向も自分の肩付近に顔を傾げて、顔を蒼白にさせた。


「心当たりがあるみたいですね」


「肝試しに行ったら、そこで……」


「話を進める前に、そこにお座りください」


 眼帯の巫女からそう促されて、話の腰を折られたような形になった赤坂はばつが悪そうに頬に手を当てた後、流香と多少の距離を置いて正座をした。


 その後ろに三十三佐知がすっと座る。


 日向は引き戸をなるべく音を立てないように閉じてから赤坂の隣に腰掛けた。


「つまらない案件かと思っていましたが、そうではなさそうで安心しました」


 眼帯の巫女は唇だけではなく、右目でも笑っていた。


 赤坂と日向はこれが面白い出来事かと反論したいのをグッと堪える。


「私は稲荷原流香。巫女の傍らで退魔師をしています」


 稲荷原流香は軽く頭を下げた。


 そして、顔を上げるなり、左目をおおっている眼帯に左手を添え、


「姉も興味深い話が聞けるのではないかとそわそわしています」


 からからと笑った。


「……姉?」


 赤坂がその言葉の真意を理解できずに問いかけると、


「説明が足りませんでしたね。姉の魂は削り取られた私の左目に居座っているのです。ふふっ、おかしいでしょう? 死んでもなお現世に居続けようとする、生に対して貪欲な姉なんですよ」


「……」


 赤坂も日向も、どう受け答えしていいものか把握できず、口を閉ざす以外選択できなかった。


「霊媒体質……その説明をまずはした方がいいのかもしれませんね。簡単に言えば、霊媒体質とは幽霊を寄せ付けてしまう体質といったところです。ただ普通に生活しているだけでも霊達が寄ってくるという認識でいいのかもしれません。本人は気づいていない事が多く、影響を受けていることさえ分かっていない場合がほとんどです。この意味があなたに分かりますか?」


 稲荷原流香は右手を挙げて、赤坂を指し示した。



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