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 若き日に俺は、美少年に恋をした。

 だが、美少年だと信じて疑わなかったその人は、実は美しい少女だった。


 ――なあ、アリッサム……。


 君とアダムスミス公爵邸の別宅で暮らした数ヶ月は、俺にとって世界一幸福な時間だった。


 バレット王国で再会したあの日……。

 君は俺の腕の中で、流れ星のように消えた。


 君は……俺に逢いにきてくれたんだよね。


 あれは夢か幻か……。

 部屋に残された卒業証書だけが、その真実を知っている。


 君が俺から卒業しても、俺は君から卒業できず、今でも君だけを愛している。


 ◇


 フェンシングの剣先が激しい音を鳴らし、技と動作の応酬は続く、アリー王子が俺に鋭い眼差しを向けた。


「ボクが勝利したら、アスターはボクのものだからね」


「アリー王子が、この俺に勝てるはずなどありません。我が子ほど歳が離れておるのに、おふざけを。俺は誰のものにもなりませんよ」


「はたして、そうかな? ボクはまだ卒業しないって決めたんだ」


 ニヤリと口角を引き上げたアリー王子。


「卒業しない?」


 一体、どういう意味だ?

 教育係のことか?


 大きな瞳……。

 長い睫毛……。

 ふっくらとした唇……。


 小生意気だが、悩ましい眼差し。


 その笑みが、愛しき人と重なった。


 ――『あ い し て る ……』


 鼓膜に甦る微かな声……。


 ふとした気の緩みに、アリー王子が剣先を突いた。俺の鼻先に向けられた剣先がキラリと光った。


「参りました」


「アスター、勝利のご褒美は挨拶程度のキスでいいよ」


 どこかで聞いたセリフだ……な。


 ま、ま、まさか……、アリー王子は実はってことはないよな?


 もしかして……アリー王子の前世は……。


「ジンジャー王配殿下、アリー王子は……まさか……」


 いや、そんなはずはない。

 さすがのジンジャーも、全国民を騙すことはできないだろう。アリー王子は王位継承者なのだから。


 ガーデンテラスでチェスをしていたジンジャーが、俺の問いかけにニヤリと口角を引き上げて笑った。


「チェックメイト」


 天から舞い降りた運命の赤い糸が、キラキラと光って見えた。







 ―THE END―


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秘密の微熱恋愛 ~恋する人は女装令息!? それとも男装令嬢!?~ ayane @secret-A1

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