第5話 春 或いは天国に似た場所で

 はい、そうです。

 レンゲソウの花畑です。

 私の住んでいた町……と言っても、田舎の辺鄙な場所です。

 町と呼んで良いのかも、正直不安なところではあるのですが、住所上では町だったので……


 はい?

 ああ、そうですね。

 今はそんな話をしているのじゃあ、ありませんでしたね。


 ともかく、私の住んでいた町はですね、春になるとレンゲソウの花畑ができるんですよ。

 なんでも、稲を植えるまえの田んぼに植えると、お米が美味しく育つとかで。

 ああ、レンゲソウじゃあなくてゲンゲって言った方が分かりますかね?


 え、あ、はい。

 そうですか、レンゲソウで分かりますか。


 それで、そのレンゲソウの花畑っていうのが、とても綺麗だったんですよ。

 春だったから、空は曇っているでしょ?

 それに、川が近いもんだから、霧が凄くてですね……

 ああそうだ、そういえば知ってますか?

 霧っていうのは秋に出るもんで、春に出るのは霞らしいですよ。

 だから、その時出てたのは霞って言った方がいいですかね。


 あ、はい。

 どちらでも良いですか。

 なら、話を続けます。


 その日も、曇っていたうえに霞が出ていました。

 その中で、赤紫色のレンゲソウが一面に広がっていて、まるで天国にでも迷い込んだ気分でした。

 ああ、一人でいたわけじゃあないですよ。

 さすがに、その頃はまだ小さかったからですね。

 隣で、母が手を握っていてくれました。

 それで、二人であぜ道を歩きながら、レンゲソウの花畑を見物していたんですよ。

 あ、もちろん二人しか見物人がいなかったわけじゃあなくて、他のお客も沢山いましたよ。

 なにせ、他に見所がなんも無い町でしたからね。

 あぜ道の上を、ぞろぞろと沢山の人が歩くわけなんですよ。

 狭い道なもんだから、途中で止まったりしたら、後ろからそれはもう怒られますよね。

 でも、立ち止まってしまったんです。


 はい、そこにカラスの死骸が吊されてましたから。

 

 レンゲソウ畑の真ん中に長い棒が立ってて、そこに羽を広げたかたちで。

 ちょうど、こんな風に。


 え?再現しなくて良い。

 はあ、分かりやすいと思ったんですが。

 そうですか、はい、分かりました。


 それで、さっきも言いましたが、灰色の景色の中にレンゲソウが咲いているのは、天国のようでした。

 

 なのに、いきなりカラスの死骸ですよ。

 

 真っ黒なんですよ。

 大きな鳥なんですよ。

 それが死んでるんですよ。

 それが吊されてるんですよ。

 羽なんかも所々折れてボロボロになってるんですよ。

 怖いと思いませんか?

 思いますよね。

 

 だから、私もぎゃーぎゃー泣いてしまいましてね。

 ただ、さっきも言ったように、通路は狭いあぜ道なんです。

 そんなことしてると、後ろがつかえます。

 多分、舌打ちやら、罵声やらがあったんでしょうね。

 私は泣きわめいてたんで聞こえませんでしたが。

 まあ、でも母にはそういったもんが聞こえたんでしょう。

 だからでしょうね、あんなことを言ったのは。


 あのカラスは悪いことをしたから吊された。

 ぎゃーぎゃー泣くような悪い子も、夜中に人攫いが来て、同じように吊されるぞ、と。

 


 まあ、そんな脅ししたら、余計泣きますよね。

 実際、耳が痛くなるまで泣きましたもん。

 そういったわけで、結局は能面みたいな顔をした母に抱えられて、レンゲソウ畑を進む羽目になりました。

 ほら、あの口惜しそうな顔した能面。

 あれみたいな顔してましたね。

 人攫いなんかより、よっぽど恐ろしいですよ。


 それで?

 

 いえ、これで終わりですよ。


 どうして、と言われましても。

 これで分かっていただけないでしょうかね?


 悪いことしたら吊される。

 

 ぎゃーぎゃー泣くのは悪いこと。

 

 だから、ぎゃーぎゃー泣いていたから吊した。

 

 それで充分じゃあありませんか。

 

 ご飯をあげたのに

 おしめを替えたのに

 寝ないで世話をしていたのに

 ずっとぎゃーぎゃー泣いているんですよ?


 これは、悪いことですよね。

 なら吊さないといけないじゃあないですか。


 ああ、はやく泣き止んでくださいよ。

 そうしないと、貴方まで吊さなくてはいけなくなるじゃあないですか。

 

 急に抱きしめて、何なんですか?

 

 ああ、はい。

 そうですね。


 私も泣いているんですか。

 そうですか。


 じゃあ、先に吊しといてもらえますかね。

 今の時期なら、もうレンゲソウも咲いていると思いますし。

 天国みたいな場所で吊されるなら、良いもんだと思いますよ。






 だから、泣き止んでくださいってば。

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花の顔 鯨井イルカ @TanakaYoshio

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