第七章  雌伏

 銀行口座には、かなりの額が入金されていた。一件百五十万の大口の仕事だった。これで残高は、ついに一千万の大台に乗った。依頼内容はある企業への潜入及び情報流出。まぎれもない犯罪行為だった。俺は新天地、名古屋でどんな仕事も請け負った。持ち前の潜入技術と体力で死にものぐるいで金をためた。どんな汚れ仕事も受けた。

 パソコンを開くといつもあるのは、公安庁のページと、俺が立ち上げた何でも屋のウェブサイトだ。気づけば名古屋に来てから、半年が経とうとしていた。今日は四月十五日。俺はウェブサイトを完全に閉鎖し、立ち上がった。

「いよいよです。沙由さん」

 今日は沙由さんの月命日だ。リュックを背に、戸外へ出ると、白い息が名古屋の空へ消えていった。

 徹夜で仕事をした後でも、月命日の墓参りだけは欠かすことはなかった。俺は始発の新幹線で、浜松へと向かった。



 沙由さんの一件はすぐに収束へと向かった。抗議する者が、誰もいなかったからだ。公安庁は遺族に賠償金を支払い、事件は解決した。俺は、はらわたが煮えくり返る思いだったが、怒りをおさえ名古屋へ向かった。しかるべき力をつける。報復はそのあとでいい。俺はまだ若い。時間をかけて金と人とモノと情報を集めることを寒空に誓った。そして何でも屋をネット上に開き、資金を集め始めたのだ。



 浜松駅からバスで一時間。三方ヶ原台地に沙由さんの墓はある。見晴らしのいい場所で、遠くに浜松城が小さく見える。桶に水をためていると、背後から懐かしい声が届いた。

「久しぶり。やっぱり我久だ」

 振り向くと、スーツ姿の徹が立っていた。

「徹。奇遇だな」

 墓石を掃除しながら、三か月ぶりとなる友との再会を喜んだ。

「変わってないな。安心したよ」

「我久も元気そうでよかった。ひげは……あんまり似合ってないけど」

 名古屋に来てから、ひげを生やすようになった。もとは変装が必要な仕事で生やした。俺は結構気に入っていたので、徹に冗談交じりの言葉を気にしないようにした。

「この後、時間あるか?どっかで飯でもどうだ?」

「もちろん」

 俺たちは、近くにあった食堂に入った。壁にかかった古い時計を見て俺は慌ててイヤホンを耳に差し込んだ。一時を少し回ったところだ。

「音楽なんて聴く趣味あったっけ?」

 俺は答える代わりに、片方のイヤホンを差し出した。それを耳に差し込んだ徹は、驚きのあまり、カレーをすくっていたスプーンを取り落とした。

「誰を忍び込ませたの?」

 あせあせとテーブルを拭く徹から俺は目線をはずした。

「それは言えん」

 イヤホンの向こうから聞きなれた声が届いた。

「本日、司会進行を務めさせていただきます。榛原凛です。よろしくお願いいたします。ではまず南別院長官からご挨拶を頂きます」



 盗聴した会議はつまらないものだった。遅々として進まない解放軍への対応が、半年前同様に語られただけだ。

「京都はどうだ?」

「変わったことは特にないかな。あるとすれば、夕月の二段階昇進だ。赤翼から黒翼飛ばして、一気に白翼だよ」

 会議の議題が解放軍を離れたので、俺はイヤホンを外し、徹との話に集中するようになっていた。何かあれば、あとで凛から連絡が来るだろう。

「噂には聞いてたが、本当だったんだな」

「上としても沙由さんの穴を早く埋めたかったんだろうね」

 毎年四月に行われる昇進式で、夕月は晴れて白翼になった。二月にあった解放軍の集会を未然に防いだことが、大きかったらしい。長官の座も近い。

「お前も黒翼だろ?」

「まあ、ぎりぎりだけどね」

 俺はいまだ赤翼のままだ。「副業」に専念していたから、それも仕方ないが。

「俺の名前なんて京都じゃ聞かないだろ」

「たまに志穂さんが心配してるけど、特にはないかな」

 安心した。俺の質問は多少の自虐も入っていたが、なにより柳我久という人間が公安庁に対する危険因子だとみなされているか否かを見極めるためだった。



 徹とはそれで別れた。俺は最後に「志穂さんに心配はいらない」と伝えるように頼んだ。

「僕も我久のこと、応援してるから。絶対に京都に帰ってきなよ」

 徹は、俺が富山でのミスで名古屋に飛ばされたと思っていた。俺としては都合の良い誤解だったので、そのままにし「徹もがんばれよ」とだけ言ってバスに乗り込んだ。徹は車で浜松まで来ていたのでそこで別れた。



 名古屋へ戻る前に実家に顔を見せておこうと思い、浜松駅でバスを乗り継いだ。懐かしい最寄りのバス停で降りたとき、ポケットの携帯が震えた。画面を見ると「榛原凛」とある。

「もしもし。どうした」

「さっきの会議の盗聴、うまくいった?あんなの初めてだったからドキドキしちゃった」

「ありがとう。助かったよ」

「でもびっくりしたよね。いきなり独立認めちゃうなんて」

「なんだって?」

 動悸が早くなる。イヤホンをとった後、何かあったのか。

「聞いてなかったの?日本解放軍を国家として日本は正式に認めるって。でも波場白翼が御院白翼に猛抗議して大変だったんだよ?」

「夕月がそう言ったのか」

「うん。ただ仙台本部は無しにして、今の小田原基地とその周辺を領地にするみたいだけど。……我久?大丈夫?」

 何を考えている、夕月。そんなことをすれば日本の中に軍事国家を作ることになる。それを周辺各国が認めるわけがない。日本政府の信用が地に落ちる。

 俺はしばらく返事ができなかった。何度も凛に問いかけられ、やっと我に返った。

「ありがとう。凛。ホント助かった」

「我久も無理しないでね。あと、あの……」

「どうした?」

「京都、帰ってきたらね。その、あの話……」

 自分で自分の顔が火照るのが分かる。

「もちろん忘れるわけがない。もう少し待ってくれ。きっと京都に戻る」

「うん。待ってる」

 電話を切った後、俺は小さく「すまない」とつぶやいた。俺が画策していることは、親友にはおろか、恋人にも打ち明けることはできない。凛に隠し事をし、利用している罪悪感を飲み込んで俺は急いでもと来た道を引き返した。



 モンテビデオ条約によれば、国家の資格とは、永久的人民、明確な領域、政府、外交能力、以上四つの項目を満たすことである。

 日本解放軍、新国名ニルビアの人民は元日本解放軍の兵士たち。領域は小田原市街地から南へ十キロほど行ったところにある静かな山間の土地、小田原基地とその周辺十キロ四方。政府は松田信秀を首相とした資本主義政府。当面は日本国との外交を活発に行う予定としている。



 ニルビアの独立を認めた会議から二週間後、俺は任務を遂行すべく小田原の基地にいた。隣にもうバディはいない。俺一人の単独潜入だ。目的は、松田信秀もしくは北条静の拘束だ。この二人なら、四年前のすべてを知っているはずだ。

 ニルビアの独立まで、あと三日に迫った。それまでに真実を突き止める。公安庁から下された任務ではない。俺が自身に課した任務だ。

 建物内部へ入って、A区画の兵士を昏倒させ倉庫へと引きずり込んだ。

「うう、なんだ。何が起きて……」

 気づいた兵士の口にナイフを突きつける。

「いいか。聞かれたことにだけ答えろ」

 事態を飲み込んだ兵士は、しきりに首を縦に振った。

「松田はどこだ?」

「指令なら今、地下だ。地下の研究所にいる」

「地下、D区画か。どこから入れる」

 いくら金をかけて情報を収集しても、D区画への入り口は分からなかった。こればかりは現地で情報収集するしかない。

「本棟の離れにある小屋だ。そこに地下に続く階段がある」

 なるほど。本棟を中心に調べていた俺にとって、離れは盲点だった。

「警備はどうだ?」

「そりゃもう厳重だ。警備兵がうろうろしてるし、IDカードがなきゃ入ることだって無理だ」

「これか?」

 静さんから沙由さんへ、沙由さんから夕月へ、そして最後に俺の手に落ちてきた銀一色のカードを見せた。

「何でそれを。アンタ、いったい何者だ」

「俺か?悪者だ」

 今の俺は、公安庁と解放軍、どちらにとっても敵だった。つまり悪者だ。

 怪訝な顔をする兵士を気絶させ、俺は小屋へと急いだ。



 俺を突き動かしているのは憎悪だった。公安庁、解放軍、どちらへともつかない憎悪が俺の原動力だった。

 独立まであと三日と迫り、基地内は祝賀ムードだった。しかしそれは本棟のみで、小屋へと近づくにつれ警備は厳重なものとなっていった。よほど大切な何かを研究しているらしい。

 本棟を出て、西へ百メートルほど行ったところに小屋はあった。古ぼけているのは、敵の目を欺くためのものだろう。小屋に明かりはついていない。気配から、複数の警備兵が中にいることが読み取れた。俺はガスマスクを装着し、スモークグレネードを投げ込んだ。せきこむ兵士を次々と昏倒させ、ガスが抜けるのを待った。

 鉄の扉の横の機械にカードを挿入した。電子音ののちに、扉が静かに開いた。あたりを警戒しながら、階段を下る。ここからの情報は一切ない。内部の地形や広さも未知数だ。しばらく薄暗い階段を下ると、もう一つ扉が現れた。カードを差し込む機器はない。その代わりに液晶パネルがあった。

「くそ。指紋認証か」

 厳重すぎる仕掛けに、俺は不審に思った。いったいこの先に何があるのだろう。

 ここまでかと思った時、足音が聞こえてきた。扉の向こうからだ。俺は息を殺し、壁に張り付き、その時を待った。

 ガチャリという音がするのが早いか、俺は兵士の胸ぐらをつかんで壁にたたきつけた。足で扉が抑えることも忘れなかった。

 D区画へ入り、壁伝いに中腰で歩く。ちょうどいい物陰を見つけ、そっと隠れた。そこで初めて顔を上げ、D区画を見た。これほどの広い地下空間が広がっていたとは思いもよらなかった。中央には円筒形の金属の塊。不審に感じたことは、白衣を着る研究者のほとんどが白人だったことだ。対して警備兵は日本人が多い。

 あたりを見回した時、目がとまった人物がいた。たった一人、スーツ姿で研究者と話している。松田だ。見つけたはいいが、距離がある。確保するのにはまだ早い。じっと機会をうかがい、観察に徹した。



 夕月が言ったことは正しかった。小さな丸を中心として放射状に太い線が三本出ているマークが、双眼鏡から見て取れた。核だ。あの円筒形の金属は核兵器に違いない。

「夕月、どういうことだ。それを知って独立を認めるのか」

 つぶやいた直後に考えを改めた。いや核兵器があるからこそ、独立を認めざるを得なかったのかもしれない。水面下における政府と解放軍との交渉で、松田が核をちらつかせたのではないか。しかしこれも推論にすぎない。すべては松田から聞き出すよりほかにない。



 好機は来た。松田は一人で階段へと進み始めた。指紋認証の扉は内側からはロックされていなかった。完全に背後をとったつもりだった。

「動くな」

 俺と松田の声が、同時に細長い階段に響いた。俺が拳銃を構えると同時に松田が振り返り、同じく拳銃を構えたのだ。親子ほども年の離れた二人が睨みあう。

「君が来ることは知っていた」

 情報が漏れていたのか。いや待て。静さんから俺を殺したと伝わっているはずだ。

「来なさい。君と話がしたい」

 背中に硬質な物体が触れた。振り返るまでもなく悟った。はめられた。

 松田はまっすぐ本棟を目指す。その後ろに俺。そして警備兵が続いた。下手に抵抗すれば即座に射殺される。俺は黙って松田についてゆくほかなかった。エレベーターまで案内され、上階から降りてくる間に松田が口を開いた。

「セレッサはすべて話してくれた。ずいぶんてこずったが、しかし」

「静さんは……無事なのか?」

「死んではいない、とだけ言っておこう」

 エレベーターのドアが開く。静さんが俺を幇助したとばれたなら、拷問にかけられたはずだ。松田の言葉に身が震えた。静さんの死は近いかもしれない。

「日本は核を持つべきだ。そうは思わんかね」

 唐突な質問に俺は迷った。俺が答えるでもなく、沈黙のままそのままエレベーターは最上階へと向かう。

「二人にしてくれ」

 そのセリフは半年前の拷問を呼び起こした。場所は小田原基地の屋上。夜の春風が生暖かい。桜の花びらが舞っていた。

 松田に指示された兵たちは、エレベーターへと戻っていった。これで二人きりだ。装備も解除されていない。反撃のチャンスはある。

「やめておけ。君を狙撃手が狙っている。私の指示で君を殺すことができる」

 俺はナイフにかけた手を下ろした。

「君は今、公安庁の任務でここに来たわけじゃないんだろう。あくまで君個人の任務のはずだ」

 公安庁と解放軍はすでに和平条約を結んでいる。その論理に落ちてゆくのは当然だった。俺は仕方なく首を縦に振った。



 遠くに小田原市街の夜景が見える。耳に届くのは松田信秀の半生だ。

「私はアメリカの小さな町に生まれた。両親はどちらも日本人だ。小学校の時、私はいじめを受けていた。子供は正直なゆえに残酷だ。彼らは自分たちと違う人間を見て恐れた。恐怖は攻撃に変わった。差別だ。黄色い肌、低い鼻、敗戦国の末裔。言葉は何でもよかった。同じ赤い血が流れる人間だのに、なぜこんな仕打ちを受けねばならないのか。私の悲しみは憎悪に変わった。君と同じだ」

 違う。お前と俺は違う。そう思ったが、言葉が出てこない。

「憎悪はやがて野心へと変わった。いつか祖国に帰り、この国を強くすると。資源も土地も乏しい日本が唯一大国に対抗できる力。それが核だった。私は、私を辱めたアメリカをたばかった。CIAと通じてな。日本に核を持ち込もう。そうすればアメリカの覇権は確実なものになるとうそぶいた。アメリカも焦っていた。中国やインドに経済的に追いつかれそうになっていたからだ。私は日本を本格的な軍事市場にしようと提案した。アメリカはそれに乗った。だが、奴らの思うようにはさせん。私はアメリカに報復の核を撃つ。百年の時を経て、アメリカは自らの過ちを思い知るのだ!」

 松田の両腕が天空へと上がった。胸を張って、高笑いが基地に響く。それはまさに自分自身の野望がもうすぐ実現するという象徴だった。

 大国への憎悪。差別への憤怒。日本への失望。それらが松田信秀という男を復讐の鬼へと変化させた。



 俺は松田を哀れに思った。しかし同情はしなかった。この男をとことん利用してやる。俺も国に裏切られた負け犬だ。どんな手を使っても沙由さんの名誉を奪い返す。



「それで、私をどうするつもりですか?」

「君はまだ公安庁の人間だ。ここで、死んでもらうほかない。心配するな。安らかに薬で眠らせてやる」

「先ほどの話は?冥途の土産だとでも言いたいのですか」

「仕方あるまい。君はまたミスを犯した」

 松田は、馬鹿にしたように笑った。俺は即座に次の策略をめぐらした。

「本当にそうでしょうか」

 俺の言葉に、一転、松田は怪訝な顔をした。

「どういうことかね」

「さて、私を消したらどうなるか。公安庁、いや日本政府が許すでしょうか」

「不法侵入してきたのは、そちらだろう」

 余裕なセリフと裏腹に、松田の表情はこわばっていた。許すはずがない。建国間際のニルビアで、日本人が殺害されたとなれば、国際社会の目は厳しくなる。松田もそれに気づいたのだ。

「取引をしませんか?」

「取引?」

「私も公安庁に裏切られた一人です。敵は同じだ。私がニルビアと日本の二重スパイになりましょう。その代わりに」

「待て」

 松田は俺を遮り、ナイフを取り出した。

「図に乗るな」

 怖くはなかった。あれほどの拷問を松田から受けたのだ。もう以前の柳我久ではない。俺はさらに強気に出た。

「どうなると思います。これから。どこで情報が洩れているか、分かったもんじゃない?核の情報も」

「なんだと。私の計画は、完璧だ」

「どうですかね。あなたの性格上、どこかに穴がある気がしてならない」

 突然、松田が激高した。ナイフを思い切り投げ捨て、俺の胸ぐらをつかんだ。ナイフはコンクリートにバウンドして、どこかへ飛んで行った。

「馬鹿なことを言うな!私の計画は、完璧だ。完璧なんだ。そうに決まっているんだ」

 松田は同じ言葉を繰り返すばかりだった。それは自分自身に言い聞かせているようにも思えた。俺はさらに前に出た。

「私をお使いください。いや……使え!核が発射されるまで、俺の諜報網を使え!俺は御院夕月とも繋がっている。松田!使えるものはすべて使え。あと少しなんだろう。お前の野望の実現まで」

 松田はものすごい形相で、俺を睨んでいた。すべてを奪われた鬼の表情だった。俺は松田への恐怖を打ち払うためか、自然と声が大きくなり、物言いも粗暴になっていた。

「裏切らないか?」

「あなたと私の敵は同じだ。私も復讐の鬼だ」

 そこまで言うと、松田は黙った。そしてつかんでいた手を離した。ゼイゼイという二人の息切れだけが、春の夜へ溶けてゆく。

「それで、何が欲しい?金か?あまり多くは用意できないが」

「金なんか要りません。一人の女スパイを譲り受けたい」

 誰のことかは、松田もすぐに気づいた。

「いいだろう。すぐに手配する。君はやはり、エージェントだな」

「光栄です」

 公安庁のエージェントと一国の元首となる男の握手は、沙由さんとの記憶が残る、ここ小田原でしかと結ばれた。


 沙由さんとともに葬られてしまった真実は、松田信秀の報復心に端を発したものだった。真実が明らかになった今、本任務における静さんの必要性は消えた。しかし、俺は静さんを要求した。是が非でも救い出したかった。俺は静さんと沙由さんを重ねていたのかもしれない。一年前救えなかった命の代償が、静さんだった。



 ニルビアの独立は明日だ。核兵器が完成すれば、松田はアメリカにミサイルを放つだろう。そうすれば対抗していた公安庁に非難の声が殺到する。そこで俺が、満を持して沙由さんの事件について告発する。国民の公安庁への信頼が地に落ちたとき、はじめてこの告発が意味を成す。

「国民を守れなかった公安庁。過去にも隠蔽工作か」そんな新聞の見出しが目に浮かぶ。



 名古屋のとある病院で、俺は一人の女性が目覚めるのを待っていた。松田との信頼の証としてもらい受けた女性だ。「俺も何か差し出す」と言ったが、松田は笑って、「君は私の計略をすべて看破した。君の忠誠さえあれば問題はあるまい」と断った。俺の偽物の忠誠と静さんが同等とはとても思えないが、うまくいったので満足していた。

「え……ここ……どこ?」

「静さん。俺です。心配ありませんよ」

 静さんは松田の拷問で昏睡状態だった。やはり俺を逃がしたことがばれてしまったのだ。

「……我久君」

 様々な医療器具が体に取り付けられた静さんは痛々しかったが、それでも一命をとりとめた。

「松田からすべて聞きました。独立は明日です。解放軍、いやニルビアとの戦いは終わらないと思いますが……」

「独立……。いけない、そんなことになったら!」

 起き上がろうとする静さんをおさえた。

「まだ駄目です。寝てないと。大丈夫です。ここは安全ですから」

「違うの……違う」

 そうつぶやきながら静さんはまた意識を失った。その瞳から、つうと涙が流れた。

 俺は少しひっかかっていた。何が違うというのだろう。ざわりと腹の中で何かが動いた気がしたが、気にしないようにした。沙由さんの名誉を回復するまであと少しだという希望が、その違和感を抑えつけてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る