終章   祝言

 もめにもめたのちに決めた純白のウエディングドレスは、凛によく似合っていた。口を出せば、「女の気持ちが分かっていない」と叱られ、何も言わなければ、「私一人の結婚式じゃないんだから」と嫌味を言われる。二年の交際中、凛はこだわりのない女性だと思っていたが、結婚式についてはこだわりが強かった。それでも無事に式を挙げられたことは、うれしく思う。

「おめでとう」

 披露宴が始まって、一番に声をかけてきてくれたのは徹だった。

「ありがとう」

 ちらりと横を見やると、凛は学生時代の友人と楽しそうに話していた。

「夕月も喜んでいると思うよ」

 徹は、夕月の死の真相を知らない。長官の重責に耐えられず、自殺したというカバーストーリーを信じていた。それを可能にしたのは、やはり御院家の力があったからだろう。俺が容疑者として逮捕されることもなく、ここにいることができるのも、夕月のおかげだ。

「これ」

 迷った挙句、俺はいつでも大事に持っていた切手を差し出した。

「なにこれ?」

「裏を見てくれ」

 徹は、はがきを受け取った時の俺と全く同じ反応をした。

「だから自殺を?」

「分からん。だが、夕月が苦しんでいたのは事実だ」

「やめよう。もうこの話はやめよう。祝いの席だから」

 またゆっくり話そうということになって、徹は俺から離れていった。俺はもう一度切手を見た。俺だけに込められたメッセージ。神経質そうな細い文字を見て、俺はまたぞっとした。


「タスケテ。タスケテ。ココハジゴク」


 読んですぐ夕月に連絡を取った。夕月は俺に最後のミッションを与えた。公安監視庁長官、御院夕月を看取るというミッション。俺は松田や解放軍の残党を欺き、見事に任務を完遂した。



 今、一段高くなった椅子から前を見ると、様々な顔が笑っていた。あの一つ一つの表情の中にどれだけの苦しみが隠されているのか。



「我久」

 呼びかけられてはっとした。凛が心配そうな顔つきでこちらを見ている。

「どうした?」

「なんか元気なさそうだったから」

「そんなことない。大丈夫だ」

「御院さんも来れたらよかったのにね。本当、残念。あんなことになっちゃって。私たちのこと、きっと喜んでくれたと思う」

 このとき、俺の道に二体目の死体が転がった。一体目とは違い、燃え尽きた炭のような真っ白い死体だった。すべてを凛に話せたらどれだけ楽だろう。しかしそれは夕月との約束に反する。この世でもっと愛する妻にでさえ真相を語ることのできない苦しみが、俺の胸にしみ込んだ。

「そうだな。あいつならきっと喜んでくれた。多分、いや絶対」

 俺は、凛の言葉に少し遅れて反応して、薄暗い道への一歩を踏み出した。





 二〇六〇年  

 ストラテジーフロムオダワラ完遂。公安監視庁解体。


 二〇六三年  

 松田信秀に有罪判決。


 二〇六四年  

 柳我久、凛夫妻、北条静の勧めで渡米。ロサンゼルスの郊外に居を構える。


 二〇六七年  

 柳我久、自宅にて何者かに射殺される。


 二〇六八年  

 柳凛、証人保護プログラムを受ける。北条静の関与もあった可能性。


 二〇八〇年  

 柳我久が生前残した日記をもとにした「京都文書」が提出される。日米両政府は関与を否定。ロシア、中国が両国を非難。国際社会での緊張が高まる。


 二〇八二年

 第三国が核の「個人保有」を認可。国連安全保障理事会が「崩壊アラート」を発令。

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The Espionage Strategy 高橋志旅 @Shiryo963

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