その9


 若林君はすでに大量の花火を買い込んでいた。「ヤケ花火」と言うらしい。親戚の家の近所に花火の専門店があるのだそうだ。夏以外、儲かるのかなぁ?


「今日、花火大会もあるからな」


「そう言えば、そうだった。忘れてた」


 彩花がロウソクに火を灯す。明かり兼、花火の着火用。


「結局、夏休み、丸々捜索に当てちゃって、何もしなかったなぁ」


 彩花はそう言って天を仰いだ。私は小さく「申し訳ありません」と思った。


「でも、見つかって良かったよね。ねぇ、陽奈」


「え?」


「最初、あのゲームを見たときは、『絶対に人生終わった』と思ったけど。私たちじゃなかったら、あの子を助けられなかったかもって、思ったら、助けられてよかったよね」


「……そうかな」


「陽奈、落ち込んでんの?」


「そうじゃないけど……気持ちの整理がつかないっていうか」


「……まぁ、その為の打ち上げだしね」


 彩花が「はいよ」と、火のついた花火を私に渡してきた。赤い光が勢いよく燃え上がる。火薬の匂いが鼻にツーンと入ってくる。


 いつの年も、最初の花火って鼻にツーンとくるなぁ。


 秋日君は少し後ろのベンチで、私たちが花火をしているのを眺めていた。


「アッキーもこっちでやんなよ」


 アッキー?


「見てるのが好きだからいいよ」


 え? アッキー、スルーでいいの?


「正彰は線香花火しかやんないよ」


 と、若林君が言うと「ロマンチストぉ」と彩花が「ヒュー」と変な声をあげた。何だ、そのノリ。


 チラッと秋日君を見る。ぼーっとこっちの花火をみてる。

 つまんなそうにはしてない。

 映画見てる姿を毎日チラチラ見てたら、私にも雰囲気でそういうのがわかるようになった。


「森田さんの花火消えてるよ」


「え?」


 秋日くんに言われるまで気づかなかった。本当だ。子供が見つかって以来、なんか腑抜けている。


 なんなんだろう。スッキリしない。


「秋日君、なんか見たいのある?」


「何でもいいよ」


 花火の山を漁ってみる。細長い棒を見ても、どれがどういう火花を出すか全然、想像できない。と、思っていたら、下の方に見覚えのある細長い線香花火らしき束が見つかった。


「って、長!」


 引っ張り上げて見たら、女の人の髪の毛みたいに長い線香花火に私は声をあげてしまった。


「それ、そこの店の名物だから、森田さんもやってくれ、是非!」


「う、うん」


「陽奈、二本同時に行きなよ」


 彩花が言うと、ベンチから「線香花火で横着しないでくれ」と注意が入った。本当に好きなんだ。


「アッキー、線香花火で一句詠んでよ」


「そんな趣味ないよ」


 そう言うと彩花がまた「ヒュー」と変な声を出した。彩花と秋日君って何気に最初から波長が合ってた気がする。


「アッキー、髪短くしたら、イケメンなんじゃない?」


「そうかな?」


 会話の横で、線香花火に火をつけた。


「秋日君、はい」


 私が線香花火を持って行くと、少しびっくりした顔で、生まれて初めて花火を見るみたいに恐る恐る取った。


「ありがと」

 

 本当に好きらしく、パチパチ燃える線香花火をジーっと眺めていた。


「森田さん、やんないの?」


「私は……休憩。鼻に煙入っちゃった」


 秋日君は「痛いやつだ」とボソッと言った。


「これ、火花が膝に当たりそうで怖いんだよね。ヤスマサの線香花火は」


「毎年やってるの?」


「アイツが毎年買ってくるから。花火大会見るとき、前座でやってる」


 へ〜。


 と、少し離れたところで若林君が大砲のような花火に点火を試みていた。そういえば、さっきから消えていたのはその為か。


「子供、助けられてよかった、よね?」


 秋日君に尋ねるように聞いてしまった。


「森田さんも、モヤモヤしてるの?」


 秋日君が、線香花火を見つめながら言った。


「秋日君も……やっぱり、納得してない?」


「……そうだね」


「犯人たちに遊ばれてたこと?」


「それは覚悟してた……」


 秋日君が顔を上げた。


「俺ってさ、やっぱり変なのかなぁ、って」


 へ?


「子供を助ける為にやってたのに、助かった後も気分が全然晴れないし。こう言う時って、さっきの安本さんみたいに感じるのが自然な気がする」


 さっきの彩花の話か……。


「彩花も、多分、モヤモヤしてると思うよ」


「……長年の付き合いってやつか」


「うん」


 私がそう言うと秋日君はまた目線を線香花火に戻した。本当に長い、まだ半分くらいしか終わっていない。


「正直、あの「2位」ってのがずっと引っかかってるんだよね」


「2位って、犯人からのメールの?」


「犯人には叶うはずないってのは解ってたから、一泡吹かせてやれればと思ってたんだけど。でも、自分と同じ世代に負けるのは想像してなかった」


「でも、あんなの犯人のデマかもしれないしさ」


「デマであんなの書く理由がないもん」


 まぁ、そうか。


「世界は広いよ」


 秋日君は大きなため息をついた。


「N市ってわかった時点で、現地にすぐ行ってればよかったんだよな。ヤスマサの言ってる事のが正しかったんだなぁって。俺ってリスクを取れない性格なんだよ」


 言葉が口から出そうになったけど、咄嗟に引っ込めた。「ただの結果論だよ」って今の秋日君にいうのは、なんか違う気がした。


「私もさ、色々と最近考えたの」


「今回のこと?」


「やっぱり……私が騙されたのが本来の原因だし。あんまり人を信用し過ぎるのも良くないなって。人と人が分かり合うのにも限界があるんだって。反省したの」


 私の言葉にまた秋日君は線香花火の光をじっと眺め始めた。


「……君らしくないね」


 そう行った秋日君の声が残念そうな声だった。


「森田さんは本当にそう思ってるの? 『人は永遠に分かり合えない』って」


「……」


「俺は、人と人はいつか分かり合えるし、世界はいつか平和になるって、思ってる」


「え?」


「そう思わない?」


 秋日君に聞かれて、すぐに言葉が出てこず、俯いてしまった。


「でも、やっぱり、ただの綺麗事だし」


 バチバチと鳴ってる線香花火よりか細い、情けない声だった。


「俺、綺麗事、好きだから」


「え!」


 発言よりも、私は秋日君のその声に驚いた。声は小さいのに、凄く真の太い、力強い声。


「世界は平和になるとか、『愛は地球を救う』とか。聞いてると力が湧いてくるし、体現してる人を見ると憧れるから」


「でも、悪い人に騙されちゃったら、意味ないんじゃ」


「そりゃ現実だから。抵抗はあるよ。学校のテストじゃない」


 花火が終わり、秋日君の花火の先が地面にポトっと落ちた。


「恵まれない人に募金をしても、間で搾取する悪い奴はいるし、この世界にいる以上、抵抗はつきものだ。

 ほとんどの大人はその抵抗に負けて、綺麗事が言えなくなってく。俺はそういうの嫌い。映画でも人の心を動かすのは大体綺麗事だろ」


 線香花火が終わっても、秋日君は燃え殻を捻りながら話を続けた。


「森田さん。アインシュタインって知ってる?」


「相対性理論の?」


「そう。で、相対性理論には『特殊相対性理論』と『一般相対性理論』ってのがあるの、解る?」


「……名前しかわからない」


「アインシュタインは、たった一年間の間に『特殊相対性理論』の他にも『光量子仮説』ってのと『ブラウン運動の理論』っていう凄い論文を三つも発表したんだ」


「それって、凄いの?」


「とんでもなく。歴史的発見をだいたい4ヶ月づつで完成させたんだから。まぁ、前から実験とかはしてただろうけど」


「それで?」


「その後に、アインシュタインは特殊相対性理論を一般相対性理論にする作業に取り掛かったんだ。で、その後、一般相対性理論が完成するまでに、どのくらいかかったと思う?」


「……よくわからないけど、半年くらい?」


「11年」


「え?」


「特殊相対性理論は、現実の抵抗とかを省いて簡略化された、言い方が悪いとアインシュタインの頭の中で作った理論。

 で、一般相対性理論は、その頭で作った理論を現実世界に当てはめたもの。重力とか、いろんな抵抗とか、それを入れたら11年かかった。あの天才でも」


「4ヶ月と11年?」


「4ヶ月と132ヶ月」


 そう聞くと途方も無くに聞こえる。


「頭の中のことを現実にしようとしたら、それくらい時間と労力がかかるんだよ。綺麗事を現実にしようとしたら、尚更」


「気が遠くなるね」


「……六〇年前はさ、明日食べる食料もないって言うくらい貧しい人がさ、世界の人口の50%を占めてたんだよ。今はそう言う人、世界にどれだけいると思う?」


 そう聞かれても、私には見当もつかなかった。けど、世界にはそう言う貧しい人々が多いと言うし……そう言うのは、悪い人の搾取で何の意味もないって話も聞いたことがある。


「40パーセントくらい?」


 そう言うと、秋日君はニコッと笑った。


「9パーセント」


 え?


「いろんな邪魔がいても本気で貧しい人を救いたいって思う人が、長年コツコツ努力して、60年間でそこまで減らしたんだよ。4ヶ月132ヶ月の壁を乗り越えてる人たちが」


 秋日君はボソッと呟くように言った。


 そう言う人に『人と人は分かり合える』って言われたら、力が湧いてくるだろ?


 秋日君はベンチを発って、線香花火の水を張ったバケツの中に落として、戻ってきた。


「……私、やっぱり人を疑うの嫌いなんだ。彩花とかが私を騙そうとしてるなんて思いたくもないし。なんかずっとモヤモヤしてた」


「そう」


「疑ってるより、信じる方が気持ちいいよね」


 そう言ったら、公園の手すりに陣取っていた若林君と彩花が私らを呼んでいる。


 秋日君はそれを見て、ベンチから立ち上がった。


「そっちのが君らしいよ」


 振り返って私にニコッと笑った。


「あそこ、下の方まで見えて綺麗だから、森田さんも行こ」


「うん」


 若林君が「めちゃくちゃ花火余っちゃった!」と叫んでいた。秋日君と彩花に「買いすぎだ」と怒られている。


 話せてよかった。


 今なら、花火を見ればいい思い出になりそう。


 


 終わり




注)作中の貧困率のデータは『ファクトフルネス』:(ハンス・ロスリング、オー

  ラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロランド 著)より引用。

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空気抵抗はないものとする ポテろんぐ @gahatan

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