空気抵抗はないものとする

ポテろんぐ

その1


 あの日、ツイッターで知らない誰かと誰かが揉めているTLが流れて来た。


──SNSの世界には境界線がないからね。こんな物がずっとこの世にあったら社会は崩壊するだろうね。何にでも境界線は必要だよ──


 誰かの指がそう呟いていた。

 それに対して別の誰かが、昔の宇宙飛行士の人の言葉を引用して「人間は分かり合うことから逃げてはいけない」と反論を返した。

 その宇宙飛行士は『宇宙から地球を見ると国境は見えない』みたいな名言を言ったそうだ。

 私は17歳の今まで、その有名らしい言葉を知らなかったが、素直にいい言葉だと思った。


 なので、私は反論した人を応援することにした。だけど、


──あのさ。国境がなぜあるのか、考えたことないの? 国境っていうものは『考えが合わないやつ』を尊重する為に線を引くんだよ。隣国同士ってのは大抵、仲が悪いんだよ。仲が良ければ国境なんて必要ないんだから──


 私が応援していた方は、そのツイートに返信ができなかった。


 相手も反論しないその人に止めを刺す事はせず、この諍いは自然にお開きとなった。

 ただ見ていただけだった私まで悔しい気持ちになっていた。

 自分の考えが間違っているとは思わない。だけど、反論が思いつかない。

 応援してた人も、きっと今ごろ、私と同じ気持ちなのだろうと思った。なので、せめてと思い、DMを送ることにした。


 短いつもりだったが熱が入ってしまい、気付いたら自分のツイート史上、一番長い文章になっていた。

「変な人に思われるかな?」と送信するのを一瞬躊躇ったが、勇気を出して送信した。


 翌日。

 DMに返信があった。


──アナタのメッセージを読み、自分と同じ考えの方がいたことに涙がこぼれました。温かいお言葉に感謝しかありません──


 登校中のバスの中でその文面を読み、喜びとも興奮とも、恥ずかしさともわからない気持ちで、私は体が熱くなった。それからは夢中でその人の文章を何度も何度も読んだ。


──もしお暇でしたら、このアプリをプレイして下さい。私もやっているのですが、アナタなら、きっと気に入ると思います──


 文面の最後にそのアプリのリンクが貼られていた。


 バスを降り、私は周りも見ずに歩きながら、その方が紹介してくれたアプリをインストールし、内容もよく確認せずユーザー登録まで済ましていた。

 そこで、私を我に返らせるチャイムの音が耳に入ってきた。ハッと周りを見ると、私はいつの間にか教室の自分の席に座っていた。


 授業が始まるので私はスマホをポケットにしまった。

 もう手遅れになっているとも知らずに、世界の何処かの知らない人と考えを分かち合えたことの喜び、午前の授業中はずっとその余韻に浸っていた。


 昼休みにツイッターを開くと小さい異変が起きていた。私がDMを送ったアカウントが消えていたのだ。

 それだけではなかった。昨日その人と言い合いをしていたはずのアカウントまでもが消去されていた。


 あれだけ高揚していた心に雨雲がかかったようだった。そして、ヘッダーに見覚えのない通知が来ていることに気づいた。


──お腹をすかしています。課金をしてください。もし、放置をすれば、子供は死にます──


「え?」


 何の事だかさっぱり解らない。

 見覚えのないアイコン。

 朝、登録したゲームだと気づいたのは、その通知をタップしてゲーム画面に入った時だった。


「きゃあ!」


 アプリを開いた瞬間、バットで後頭部を殴られたような衝撃が走った。そこが教室ということも忘れ、大声の悲鳴をあげてしまった。


 お弁当を食べたり、ふざけたりしていたクラスメイトの顔が一斉に私の方を見た。しかし、そんな視線も気にならず、私は教室を飛び出し、トイレの個室に駆け込んだ。

 ドア越しに教室からドッと笑い声が起きるのが聞こえた。


 個室に入ると恐る恐るアプリをまた開いた。


 あんなの嘘に決まっている。


 だって、あんなのが現実な訳がない。


 もう一度、ゲーム画面を見る。が、私はまた「ヒィ!」と押し殺した悲鳴をあげてしまった。


 嘘じゃない。現実だった。本物だ。


 本物の子供が床に倒れている。


 画面は育成ゲームのようなコマンドがヘッダーとフッターにあった。

 中央に表示されていた子供の映像は、実際のビデオか何かで撮影されているかのようだった。


 床は畳……ということは日本のどこか。

 子供の周りは病院みたいなカーテンで三方を仕切られ、どこの部屋なのか解らない様になっている。


 心臓の鼓動が止まらない。いや、どんどん激しくなっている。

 キーンコーンと、遠くから五時間目が始まるチャイムが聞こえる。戻らないといけないけど、そっちが現実じゃないように感じる。


 私は、スマホの画面の中央でぐったりと蹲っている子供をもう一度見た。

 首に首輪がつけられて、首輪から伸びた鎖が、逃げられないようどこかに繋がっている。


──餌をあげてください。課金しないと、子供は死んでしまいます──


 子供の下に警報のテロップが出ている。コマンドを見ると『餌』というコマンドが見えた。

 震える指で恐る恐る押すと『¥100』というボタンが現れた。百円ならと、そのボタンを震える指で押した。


──チャージがされていません。クレジットカードか入金をしてください──


 何度、押してもその文字が現れるだけだった。


──餌をあげてください。課金しないと、子供は死んでしまいます──


 教室のドアが開く音がした、先生が来たらしい。でも、今はそんなことどうでもいい。授業なんか聴いてたら、この子、死んじゃうんじゃ?


 蹲っていた子供が苦しそうに寝返りをうった。


「本物だ……」


 こんなリアルなCG、ハリウッドでも何十億とかで半年コースだ。


 本当に私が餌をあげないと、この子、死んじゃうんだ。


 トイレを出て、走って教室に戻った。


「森田。どうした、腹が痛いのか?」


 遅れて戻ってきた私に教師が尋ねた。教室のあちこちからクスクスと笑い声が聞こえたが、まるで私とは違う世界の出来事に感じた。


 私は先生すら無視して、自分の席のカバンを手に取り、また教室を飛び出した。

 後ろから先生の怒鳴り声が聞こえたが、構っていられない。


 バスの中で、アプリの説明文に目を通した。


──ゲームをプレイするもしないも、『アナタの自由』です──


──画面の子供が死んでいくのを眺めるのも自由です。衰弱し、腐っていく子供の姿を見ることになります。ただ、アンインストールしていただけば、アナタの生活と子供は無関係になります──


──丸一日、何一つコマンドが選択されなかった場合、警察に通報したものとみなし、子供を殺害します──


──このアプリは五人まで協力してプレイすることもできます。ですが、もし警察などに存在を知らせた事が発覚した場合、画面の子供はあなた達の目の前で処刑します──


 私はコンビニのATMで指定された口座にお金を入金した。千円……いや、念のために二千円。


 入金すると『餌』のコマンドが使えるようになった。

 が、ボタンを押したにも関わらず、画面にはご飯が一向に現れる気配はなかった。

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