その8

「住所、送った」


 秋日くんからスグに届いたメッセージを運転手さんに見せ、スグに出してもらった。


「ラグが九分だから、大体、ヤストシが走っても目的のアパートまでは五分はかかる。それまでに説得できれば」


「で、でも……」


 あんな熱くなってる若林くんを止めれるだろうか?


「秋日くんが電話で直接言えば」


「熱くなったら、無理。失敗するのを見守るしかない」


 若林くんを止める方法を考えるが、頭がパニックで何も浮かばない。


 ブゥゥ。


 考えていると誰かからメッセージが送られてきた。

 内容を読んで「えっ」と思わず声が出てしまったが、直後に彩花からグループ通話があり、私は咳払いをして気持ちを整えた。


「も、もしもし、彩花?」


「陽奈、どこ?」


「タクシー」


「私も」


「二人は来なくていい」


 若林くんの声。グループ通話だから、秋日くんも若林くんも聞いているはずだ。


「女子は危ない。俺が飛び込んで子供を助ける」


「犯人いたらどうするの? ヤバイのよ」


「わかってるけどさ、子供が目の前にいるのわかってて、帰るなんてできるかよ!」


 若林くんの言葉が胸に刺さった。その通りだ。私だって、今、この場で助けたいし、現場を通り過ぎたと知ったら、若林くんと同じ気持ちになってしまうと思う。


「わかった。私も子供を助けるのを手伝う」


「陽奈っ!」「おい」


「リーダーは私だから、子供を助ける」


「よせ! 本当に危ないんだよ!」


 秋日くんが珍しいく声を荒げた。


「私だって、若林くんと同じ気持ちだし。それに私のせいでみんなを巻き込んじゃったから、ちゃんと責任を取りたいの」


 通話口から、秋日くんの舌打ちが聞こえた。


「決まりだな。アパートに着き次第、窓を破って、中に入る」


「……もう勝手にしろ」


 秋日くんは呆れた声で通話を切った。スマホを見ると彩花も通話グループから抜けていた。


「若林くん、私が行くまで待ってて」


「いや、危ないから気持ちだけでいい。俺がやるから」


「だめ、私にもちゃんと責任とらせて」


 電話の向こうの若林くんをしばらく黙っていた。


「わかった」


「スグに行く」


 通話を切った。

 心臓が初めてアプリを開けた時と同じぐらい、激しく鼓動している。上手くいくかわからないけど、やるしかない。



 タクシー代を払ったら帰りの電車賃が足りなくなってしまった。秋日くんがくれた住所はこの辺りというだけなので、若林くんに目印になる場所にまで迎えに来てもらうことになった。


 見知らぬ公園でブランコに座っていると、


「森田さん!」


 あの時みたいに若林くんが手をあげて、こっちに走ってきた。


 若林くんは息を切らしながら、ブランコの小さな柵に手をついて呼吸を整え始めた。


「彩花!」


 私の声で後ろの公衆トイレに隠れていた彩花が若林くんを後ろから、一夜漬けの護身術で羽交い締めにした。


「何すんだ!」と抵抗する若林くんの手首めがけて、私は手提げから出した手錠をかけ、ブランコの柵と繋いだ。


「なんだよ、これ! 助けに行くんじゃなかったのか! なんで安本さんがいるの?」


「ごめん。昨日、護身用に秋日くんから貰ったの。あとスタンガンもあるんだけど……暴れるとこれ使わないといけないから、これで大人しくしてください」


 私はなぜか頭を下げてしまった。彩花も追撃で「ください」と若林くんに会釈した。


 若林くんは不貞腐れた様子だけど、大人しくはなってくれた。


「秋日くん、若林くん捕まえた。グレてるけど」


 彩花がスマホをトランシーバーみたいに構えて報告した。なんか修羅場を楽しんでる気がする。


「二人とも、ありがとう」


 スピーカー通話から聞こえてきた秋日くんの声は、ふざけている彩花とは対照的に、初めて聞く感傷的な声だった。


「さっきの電話、正彰の指示かよ」


「俺は本当に知らないよ。安本さんから電話来るまで、マジ抜ける気だったし」


 若林くんが「えっ」という顔をした。


「グループ通話の前に、彩花が私に『若林くんの味方をして時間を稼げ』ってメッセくれて」


 私がスマホ画面を見せると若林くんは残念そうな表情になった。


「じゃあ、さっきの電話の森田さんの言葉、全部、嘘かよ」


「あれは、嘘じゃないよ」


「なら、なんでこうなるんだよ」


「若林くんのやり方で助かると思わないから。秋日くんの作戦で行きたい」


 「また正彰か」と、若林くんがボソッと呟いた。


「え、本当に拗ねてるの?」


 思わず、彩花を顔を見合わせた。クラス委員の幼稚な一面を目の当たりにしてしまった。


「若林くんは凄いよ。秋日くんをスグに連れてきてくれたり、今日ここに来たのも、若林くん行動力に引っ張られてだし。でも、窓ガラス割って入るのはどうかと思う」


 若林くんが「うっ」と目をそらした。


「やっぱ、向き不向きってあるよ」


「いや、でも、ここまで来たのにさっ! 助けられないなんて虚しいだろ」


「しょうがないよ……私たちは子供なんだから」


 口に出した瞬間、心の奥から涙が溢れ出てきた。生きてきて、こんな悔しい思いをしたのは初めてだった。


 空気抵抗はないものとする。


 秋日くんの言ってた言葉が私の体を通り抜けて行った。私は空気抵抗のない世界でずっと守られていたんだ。


「秋日くん、若林くんが陽奈を泣かしちゃったんだけど」


 え? 


 私は泣いている顔を上げて、彩花を見た。


「ああ。もう、連絡したから。そろそろ、ヤストシに電話行くと思う」


 秋日くんの声がした途端、若林くんのポケットのスマホが震え出した。手錠で繋がれていない手で表示を見た瞬間、若林くんの顔が青ざめて行った。


『正彰くんから電話あったけど。あんた夏期講習サボって、女の子と遊びに行ってるって。しかも、今日、模試じゃなかったの?』


 その後、なぜスピーカーにしていたのか知らないけど、私と彩花が見ている中、若林くんのお母さんの説教が続き、終わった時には若林くんの元気も流石に萎えていた。


「若林くん、帰ろ」


 私が手錠を外すと、「うん」と弱い声で若林くんは返事をした。




 

「竿竹、ちり紙、わらび餅、全て確認できた」


 その後、アパートの近くで最後の確認を行い、アパートの名前、写真、住所を抑え、秋日くんに送信した。


「これで、犯人らと交渉してみる」


 できることは全て終え、私らは帰りの電車に乗った。

 席に着いた途端、疲れて寝てしまった私の横で、彩花が若林くんにずっと小言のような事を言っていた。


 陽奈にいいとこ見せようとするからよ。


 私は寝たふりをして、あまり聞かないようにした。



 その晩。

 私のスマホに突然、あのアプリから通知が届いた。


「何これ?」


『ゲームクリア! おめでとうございます。

 あなた達はこのゲームの参加者十五組の中で二番目にクリアしました。クリア特典は後日、代表者の元へ、発送いたします。

 そして、クリア特典として、今まで子供に払ったお金は全て返金いたします』


 そのメッセージはタップも何もしていないのに、勝手に消えた。

 そして、さっきまで子供が写っていたはずの画面が突然真っ黒になり、アプリから強制的に放り出された。


「あれ?」


 ホーム画面からまた開こうとしたら、さっきまであったハズのアプリの場所が空白になっていた。


「消えちゃった」


 後日、私の元に一通の封筒が届いた。

 入っていたのは、アパートの鍵。そして、子供の名前、住んでいた家の住所など。子供は日本人ではなかった。


「脅しだね。子供を殺そうと思えばいつでも殺せるっていう」


 それを見て秋日くんが言った。彩花や若林くん、そして秋日くんのパソコンにあったデータも全て消えていたという。


「こんな個人のパソコンじゃ、全然歯が立たなかった」


 それから、私たちはもう一度、あのアパートに向かった。案の定、鍵が合い、中には鎖が外され、スヤスヤと眠っている子供の姿があった。


 その後、警察には『いきなり封筒が送りつけられ、住所の部屋を開けたら、子供がいた』と、それ以外は何も知らないというていで話をした。


 あのゲームの話をしても、もう証拠は何も残っていない。


 子供は助けられたが、私の心には大きなシコリが残った。特に秋日くんは、何か大きくショックを受けているみたいだった。


 気付いたら、夏休みは残り一週間しかなくなっていた。


 夏休みの間、ずっとあの秋日くんの汚い部屋に入り浸っていたからか、事件が解決してからの平和な時間に不謹慎な寂しさを感じている私がいた。


 そういえば、秋日くんとゆっくり話したの、あの一回きりだったなぁ。今頃、部屋でパソコンいじってるんだろうなぁ。


 もうちょっと話したかったなぁ。


 ベッドの上のスマホが突然、ぶるった。若林くんからだった。


『後味悪いけど、打ち上げやろう』


 明日の夜、あの公園で花火をすることになった。


 秋日くんも来るそうだ。

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