その4

 公園で若林君は「もう一人、仲間を入れたい」と言い、一人で去って行った。私と彩花は二人で帰ったけど、いつもと違う雰囲気だった、まるで初対面の人と歩いているように、会話が何も浮かばなかった。


 そうやって、ギクシャクしたまま、二週間が経ち、今日から、夏休みに入った。この二週間で、すでに私の出費は5000円近くになっていた。

 「パンだけじゃ、やっぱ栄養が偏るよ」と、彩花と若林君が提案し、今ではお昼と夜は『お弁当』をあげることになった。パンと違い500円から始まり、50円づつ上がっていく。正直、かなりの出費だ。


 私は六万円、あやかも十万円程度しか貯金はない。すでにお弁当は一個2000円になっている。最近の猛暑を考えたらしょうがないけど、このペースだと子供より先に私たちが破産してしまう。


「助っ人と話し合って、夏休み中に居場所を見つける」


 終業式の帰り若林君はそう言って、今日の夏期講習の後に集まることになった。

 特進クラスが先に終わったらしく、塾の入り口にもう二人は私を待っていた。

正直、彩花と二人きりにならなくてホッとした。歩いている間も、若林くんを挟んで私と彩花が並ぶ形になった。

 私がそうしたのか、彩花がしたのか、若林くんが気を使ったのかはわからないけど。


 あれから二週間、彩花と全然喋れていない。クラスの都合でお昼の弁当は一緒に食べるけど、終始二人とも他のクラスメイトと会話をするようにしていた。


「で、toothって誰なの?」


 移動中、彩花が口を開いた。この気まずい空気を紛らわすのは救出の話しかない。

 二週間前の翌日、突然ゲームの登録者は四人になっていた。この三人と追加でtoothという名前の若林くんが言う助っ人。だが、このプレイヤーは一円もお金を払うことなく、この二週間、全く行動していない。


「君らも知ってる奴、だと思う」


 だと思う?


「てか、知らなかったら、正直、俺がショック」


 どう言うこと?


 同時に目を細め、彩花と眼が合った。が、お互いドキッとして、さっと視線を外した。


 着いたのは少し高そうな綺麗なマンションであった。若林くんが手慣れた感じにロビーのロックを解除して奥に入って行った。


「ここ、俺の家でもあるから。助っ人ってのは、俺の幼馴染」


 幼馴染、だから同じマンションなのか。


「で、俺らのクラスメイト」


「「でぇっ!」」


 彩花と私の声が被った。


「「誰!」」


「秋日正彰」


 秋日……正彰? いたっけ、そんな人?


「秋日くんって、あのいっつも机で寝てる?」


 彩花がそう言って、「あっ!」と思い出した。あのボサボサの頭の人か。


「覚えていてくれて、ありがとう。本当、知らなかったら俺が情けなくなるよ」


 若林君が大げさなため息を漏らした。


「でも、若林くんと秋日くんが一緒にいるところ見たことないけど」

「そりゃ、アイツいっつも寝てるか、どっかで本読んでるから。クラスの男子でもあんま知らない」

「そういえば、修学旅行同じ班だったね」

「俺が入れといた。アイツ、来なかったけど」


 彩花、よく知ってるなぁ、と感心した。やっぱ、頭が良い人はよく見てるな。


 エレベーターが開いた。すごい綺麗な廊下だ。ホテルみたい。

 若林くんは「秋日」と書かれた表札のインターホンを押した。しばらくして「はいれよ」と非常に無愛想な声が機械から出てきた。


 私はなぜか怖くなって、彩花の後ろに隠れてしまった。


「クラスメイトでしょ、失礼だよ」


 その彩花の口調に「えっ」と驚いた。二週間前のいつもの彩花の声だった。

 驚いて彩花の顔を見ると不思議な気持ちになった。


 彩花が、この二週間でちょっと大人っぽくなった気がした。




 男の人の部屋に入るのは初めてだったけど。秋日くんの部屋は参考にならないと一目でわかった。


「お前、女子二人来るって言ったよな、俺」


 床というよりは巨大なゴミ箱。足の踏み場もないとはこのことだ。

 棚に乗ってる訳のわからないパソコンとかのパーツが、落下しないようみんなで助け合って重なり、耐えてるように見えた。

 そんな部屋の惨状にも関わらず、私らが来ても机のパソコンから目を離さない秋日くんに若林君が怒った。

 若林くんの口調は、学校では聞いた事がない乱暴さで、一目で本当に幼馴染なんだとわかった。


「時間がないから、とっとと始めよ」


 秋日くんがそう言って、振り返った。見覚えのある前髪の長いボサボサヘアー。「そんな声だったんだ」と彩花が呟いた。私も同じことを思った。


 若林くんが手慣れた手つきで床のゴミをブルドーザーみたいに寄せて、座るスペースを作ってくれた。


「で、宿題の物は持ってきた?」


 秋日くんがどんどん話を進めていく。横で若林くんがずっと「ごめんね」と私らに謝っている。良いコンビだな、と思いながらカバンからSDカードを取り出した。


 この二週間、私たちは若林くんから出された宿題にそれぞれ取り掛かっていた。

 全員に出されていた課題が朝の四時から七時、十二時から十五時、そして十六時半から十九時半までの電気のついていない部屋の映像。しかも南向き、東側に窓がある角部屋という細かい注文までついていた。

 そこに植木鉢とか何でも良いので、三方向をカーテンや布で囲った被写体を置いて撮影する。というもの。


「こんなものが役に立つの?」

「確実に居場所を特定する方法なんかないよ。やれる事はやるしかないんだよ」


 彩花の質問に秋日くんは素っ気なく答えた。声はヤル気がないのに、話してる内容は凄い燃えてる感じだ。不思議な人だ。


 植木鉢は多分、捕まっている子供。他の注文は監禁されている部屋に近い状態にしているってことだろう。


 でも、ここからどうするのかが解らない。


 秋日くんのパソコンの画面を見ると、あのゲームの画面が写っていた。私らが来る前から作業をしていたようだ。


「あの、これで居場所はわかるんですか?」


 クラスメイトなのに、思わず敬語で話しかけてしまった。


「分かるかどうかは五分五分。正直、運次第のところもある」


 秋日くんはそう言って、もう私らが出したSDカードをパソコンに差し込んで作業を始めた。はやい。


「あと日本地図だけど、押入れの襖にでも貼っておいて」


 私と彩花はカバンから、A1サイズの紙に書いた日本列島の地図を出した。

 若林君が北海道から東北。彩花が関東、北陸、中部、関西。私が中国、四国、九州、沖縄をその大きなに写し取って来たのだ。


 三人で画鋲を探していると、後ろで秋日君が説明を始めた。


「まず、この部屋の大まかな場所を特定する。日本だって決めるのは賭けだけど」

「どうやって?」


 彩花は、秋日君とずっと一緒にいたように話していく。人見知りしないのが凄い。


「アプリから電波の発信源を探ろうとしたけど、無理だった」

「そんな事してくれてたんですか?」


 私が驚くと横から若林君が「ただの趣味だから」とフォローしてきた。


「こんなゲーム作れるくらいだし。パソコンとかデジタルに関しては向こうはこっちよりも数段上だよ。敵いっこない」

「それで、日本地図はなんなの?」


 彩花が聞いた。もう、秋日君のやり方で行くとみんな決めていた。


「技術と頭で敵わないなら、アナログと根気で対応するしかない。

 同じ日本でも、日の出と日の入りの時間は結構違う。夏でも北海道と沖縄だと二時間近くの差がある」


 それで日の出と日の入りの映像を撮らせたのか。


「まず、俺たちの映像の明るさの変化を数値化する。で、俺らの街の日の出の時間はわかってる。その後に、このゲームの映像の明るさのデータを照らし合わせる」


 と、秋日くんは私たちにあるグラフを見せた。

 彩花と二人でパソコンを操作している秋日くんの後ろで見てた。


「この一週間のこのゲームの映像の明るさの変化のグラフ。これと照らし合わせて、大体の日の出と日の入りの時間を大まかに出す」


「それで、どこまで絞り込めるの?」


「やってみないと解らない。でも、うまく行けば、数県にまで候補は減らせる」


「こんな明るさなんてどうやって調べたのよ?」


「ネットの世界、グーグルで検索できるのなんて10パーセント程度のサイトだよ。残りの90パーセントの闇には、こういうソフトがゴロゴロ落ちてる」


 私は「へー」と思った。


「でも、数県のアパートじゃ、特定なんて難しいでしょ?」


「わかってる。でもそこまで絞れたら、運が良ければ直ぐに見つかるかもしれない」


「どうやってよ?」


 その時、窓の外からゴロゴロと雷の音がした。


「日本の夏は天気が変わりやすいからな」


 と、秋日くんは窓の外を指差した。


「ゲリラ豪雨がゲームの外で降ってくれたら、早く見つけられるけど。一番良いものが今、日本に近づいて来てくれてる」


 と、秋日くんは気象サイトをパソコンに出した。


「そっか台風来てるんだ!」


 彩花のテンションがだんだん上がってきている。


「明後日に日本列島を横断するって予報になってる。こいつが来る前に大雑把な位置を絞り込んで、台風で答え合わせをする。そのあとは夕立や雨や晴れ、雨雲データを利用して、毎日、徐々に徐々に場所を絞り込んでいけば……街三つくらいまでには絞り込める」


 助けられるかもしれない、と私は希望が湧いた。


「夏休み中に助けられるかもしれないよ」


 彩花が私にそう言って、私もテンションが上がってきた。


 気付いたら、若林君が一人で紙を貼っていた。

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