その3

 八時より少し前に公園に来て、ブランコに揺られながら待っていた。離れた場所で小さい子供の家族がやってる花火を眺めていたら、時間は結構すぐに過ぎてしまった。


 もうすぐ夏休みなのか。


「陽奈」


 彩花がやってきて、私は手を上げようとしたが、彼女の後ろにいる人を見てスッと気持ちが冷めてしまった。


「若林くん?」


 若林くんは私に「元気そうじゃん」と笑みを見せた。クラス委員で私たちと同じ塾に通っている。

 三段階あるクラスで、私は真ん中の進学クラスだけど、彩花と若林くんは上の特進クラス。たまに大勢で一緒に帰ったりはするが、私は彩花ほど仲良くはない。


「なんで?」


 私は彩花の方を見た。きっと引きつった顔をしていたと思う。


「同じクラスだから、事情を知ってる人は多いほうがいいでしょ」

「俺もビックリしたからさ、森田さんが急に教室でてったから。何があったんだろう? って」

「先生も目をパチクリしてたから、私が『朝から体調が悪そうだった』って言ったの。そしたら、若林くんが「早退するって聞いてる」ってフォローくれたのよ」


 私は、知らない間に賢い二人に救われていたようだ。


「でも、先生は騙せてもクラスの方は大変よ。『お腹に赤ちゃんがいるんじゃないか?』とか言ってる男子もいるんだから」


 赤ちゃんというフレーズで私は顔を顰めた。そして、彩花はそんな私を見逃さなかった。


「ちょっと、冗談でしょ? 本当に赤ちゃんとか……」


 お腹ではないが、半分は当たっているようなものだ。でも、どう返答すればいいのかが分からない。


「ちょっと、陽奈! マジ! ちょっと!」


 黙って俯いているしかできない。


「森田さん、両親には言ったの?」


「いや、赤ちゃんでは無いんだけど……」


「じゃあ、何? 本当、陽奈、どうしちゃったの?」


 彩花が見たことないほど焦った声を出している。でも、言ってしまったら二人も巻き込まなきゃいけなくなる。

 なんで、さっきまで彩花なら巻き込んでもいいと思っていたのか、若林くんが来なかったら、私は彩花を地獄に連れて行くところだった。


「ゴメン。やっぱり、二人には言えない」

「なら、絶交だよ」


 二人の横を通り過ぎ用とした私の腕を彩花が強く握ってきた。さっきの冗談の言い方じゃなかった?


「それでもいいよ。ごめんね、せっかく塾休んでもらったのに」


 腕にしがみついていた力がスルスルっと弱まって行く。


「そう」


 私は家に帰ろうと歩き出した。その時、ポケットから通知音が鳴った。


 ドキッとした私は、条件反射に慌ててスマホをポケットから取り出そうとした。


「安本さん!」


 若林くんが叫んだ途端、私のスマホを持つ腕を強く握ってきた。彩花はその声に反応して、私のスマホを奪う。


「だめ! 見ちゃダメ! 彩花!」


 私は若林くんの手を振りほどいて、彩花に体当たりする勢いでスマホを奪いに行った。彩花と初めて喧嘩みたいな揉み合いになった。

 彩花は私の本気の力に驚いたらしく、スマホを地面に落とした。が、スマホをすかさず若林くんが拾い上げた。


「若林くん、見ちゃだめ!」


 私は叫んだが、若林くんの表情が豹変して行く。


「若林くん、貸して!」


 彩花が言うが、


「安本さんは見ちゃダメだ!」


 若林くんは私のスマホを自分のカバンの中に隠して、彩花から離れた。

彩花は「どうして?」と言う顔で私と若林くんを交互に見た。


「お願いだから、彩花は見ないで! 帰って!」


 その時、若林くんのカバンからまた通知音がした。

 私は、若林くんに盾になってもらいスマホを確認し、内容に全身の力が抜けた。


──画面を見た以上、その二人もゲームに参加させてください。もし一人でも拒否をした場合、通報したものとし、子供を殺します──


 監視されてる。

 最悪。

 逃げられない。

 

「二人とも、ごめん」


 私は泣きながら、二人に頭を下げた。


「何してるのよ、陽奈」


 土下座をしていた私を二人は起こして、ベンチに連れて行ってくれた。


 


 彩花にゲームの画面を見せた途端、発狂したような声で私の肩を叩いてきた。


「陽奈、何してるのよ、あんた!」


 その声を尻目に、花火をしていた親子連れは駆け足で公園を離れて行った。私は泣きながら、二人に事情と経緯を説明した。


「きっとそのツイッターの諍いはプロレスだね。極端な意見を書いて、特定の考え方をしてる人を誘き寄せたんだよ。で、森田さんがたまたまヒットした」


 若林くんの言葉で悔しさが蘇ってきて、私は拳を握った。


「どうするの?」


 彩花が若林くんを見て言った。


「どうするも、登録するしかないよ。殺される姿を見るわけにいかないだろ?」


「そうだけど……」


 彩花は俯いてしまった。


「二人は登録するだけで良いから。お金は全部、私が出すから。全部、私のせいだから」


「全部出すって、バイトもしてないでしょ、陽奈」


「これから探してする」


「バイトしたって、毎日パンだけを食べさせても、来年には一ヶ月十万円以上の出費だよ。君だけじゃ無理に決まってるだろ」


「……なんとかするから、だから、二人は何もしなくていいから」


「何とかって何!」


 彩花に強く聞かれて、私は黙ってまた俯いてしまった。自分が情けなくて申し訳なかった。


 私は今日、生まれて初めて、愛は地球を滅ぼすかもしれないと思っていた。一度、残酷な子供の姿を見てしまったら終わりだ。あとはお金を搾り取られる。


「こんな子供が首輪で繋がれてたら、誰だって助けたいって思うよ。森田さんだけにやらせて、僕らがいい気持ちなわけないだろ?」


 若林くんが、彩花をなだめながら言った。


「僕らに良心がある以上、このゲームはクリアできないんだよ。犯人を捕まえることもできないし、子供を殺すこともできない」


 結局、私、彩花、若林くんの三人で、この子を育てることになった。


「ゲームをやる前に最初に決めておきたい事がある」


 私と彩花は同時に若林くんを見た。


「俺は、この子を育てる出来るだけの事はする。でも、最悪な場合が来たら、この子を殺すことを選ぶ」


 若林くんの迷いのない言葉に、心臓を殴られたようにドキッとした。


「最悪って?」


 私は恐る恐る聞いた。


「例えば、僕らが犯罪行為などをしないと資金が調達できなくなった場合」


 えっ。


「だから、こうしないか? ここにいる三人のうち二人が『殺すべき』と判断した場合、このゲームは終わりにする」


 そんなっ!


 私の目に若林くんが凄い冷たい人間に映った。でも、私には反論する権利がない。


「安本さんは、どう?」


 彩花は俯いて、私から目を逸らした。


「……それでいいと思う」


 凄く弱い声。彩花が初めて頼りない人に見えた。


「だけど、ゲームを終わらせる方法は多分一つだけある」


 えっ。


 若林くんの声に顔を上げた。


「犯人を捕まえずに、子供だけを助け出せばいい」

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