その5
秋日くんの作戦が上手く当たった。台風が過ぎた頃には子供のいるアパートは大体、四つの県に絞れた。そして、その中には私たちが住んでいる県も含まれていたのだ。
幸運を私たちは喜んだが、秋日くんだけは浮かない顔をしていた。
「やっぱり、俺らが思いつく事くらい、想定してるよな」
そう言って、ため息を漏らした。
「どうゆう事?」
彩花が尋ねる。
「日の出のことなんて想定済みって事」と、素っ気なく答えた。
「最初っから、それを想定にしてターゲットを決めてたんだろう」
パソコンを操作する秋日くんの後ろで私たち三人は「?」と顔を見合わせた。
若林くんが「説明しろ」と言ったら、ため息をついて面倒臭そうに秋日くんは口を開いた。
「まず、今回のゲームの目的は恐らく、ただのサンプル調査。子供をどうしようとか、俺たちから大金をせしめようという気がない。十分なデータが録れれば子供はもう要らないと思う」
「なんで、そう言い切れるのよ?」
「だって、このゲーム、どう考えたって犯人側は割に合わない。むしろ赤字。まず、アパートの部屋代、俺たちがあげる餌やオモチャのお金」
若林くんが「お前は出してないだろ」とツッコんだ。
「高校生からしたら、このゲームはかなりの出費になる恐ろしいゲームだけど。これだけの犯罪行為をしておいて、犯人側が得られる額はどう考えたって割に合わない」
「サンプルって私たちの何を調べたいんですか?」
「多分、いくらまで出せるか? それと、いくらで「キツい」と思うか? スマホのゲーム画面を開く、『餌』のコマンドをタップする、値段が上がるごとにパンや水を押すのに躊躇いが出る。数秒とか、数十秒」
そう言われ、私は最近、コマンドを押す指が重くなっているのを感じていたので、ハッとした。
「もっと大きく儲けるためのデータ。恐らく、相手は日本人じゃないよ。だから、データ取得後、子供の処理に困るだろうから、俺たちが救出するのは問題ないけど、捕まえようとしたら本当にヤバい」
私は複雑すぎて解ったような解らないような気分だった。
それからやる事は地道な単純作業になった。
随時、ゲーム画面の天気を確認する。そしてゲームと天気が違う地域を最初に作った日本地図上に塗って、消していく。
私たちはスマホで雨雲データを見るのが癖になってしまった。私と彩花と若林くんはグループラインで随時、消せる地域の情報を交換し合った。
そんなある日、事件が起きた。
特進クラスだけ午後も授業があるらしく、私は一人で秋日くんの部屋に行くことになったのだ。
私は床でいつも通り天気とゲーム画面で消せる地域に色を塗っていく。秋日くんもいつも通りパソコンに向かっている。
かれこれ三十分、全く会話というものが存在しない異性の部屋。
気まずい……
チラッと秋日くんの方を振り返った。すると、パソコン画面に見たことのある洋画のシーンが見えた。
「映画?」
私の声に秋日くんがヘッドホンを外して振り返った。
「終わった?」
「あ、はい」
秋日くんは「ふーん」とだけ返事をして、それ以上は何のパンチも撃ってこない。
「映画、見てるんですか?」
「一日一本観るようにしてる」
「映画好きなんですね?」
「べつに」
やっと共通の話題が見つかったと思ったのに、一瞬で梯子を外された。口下手な私には手強すぎる。
「じゃあ、なんで見てるんですか?』
秋日くんはヘッドホンのコードをジャックから抜いた。画面から聞こえてきたのは吹き替えじゃなくて、英語だった。しかも、画面には字幕が出ていない。
「ヒヤリングの練習で観てるだけ」
ヒヤリング?
「卒業したら、アメリカの大学に行くから」
アメリカ。
私は「すごーい」と無意識に発していた。秋日くんは、特に返事もしないで映画をボーッと観続けた。
「俺からも聞いていい?」
「えっ! 私にですか?」
「何をそんな驚いてるの?」
「いや!」
秋日くんの口から出た、初めての会話らしい会話に私の前身の鳥肌が立った。
なぜか私は髪の毛を整えて構えてしまった。
「な、なんでしょうか?」
「なんで、こんなゲームをやる羽目になったの?」
知らなかったのか、今まで。
私はツイッターでのやり取りから、事細かに愚かに騙されていく経緯を秋日くんに説明した。
「……君らしいね」
秋日くんの感想はそれだけだった。
いま、笑った?
「人と人は分かり合えるって言ってて、騙されたわけか」
そこは本当に恥ずかしい。
「秋日くんまで、こんなことに巻き込んでごめんなさい」
「巻き込んだのは、ヤストシで君じゃないよ。それに俺はこういうの好きだから、怒ってもないし」
好き?
「本気の大人と闘える。
俺の不満はヤストシが鬱陶しいだけ。自分の言った事をやんないとすぐに怒鳴る。あの仕切りたがり」
「若林くん、仕切るの上手ですよね。生徒会長とか似合いそう」
私が言うと、秋日くんが「ああ」と何か思いついたような声を出した。
「中一の秋に、アイツ、立候補しようとしてた事があったよ。止めたけど」
「何でですか?」
「俺が止めた。アイツは生徒会長には向いてないって思ったから」
「どうして? うってつけなんじゃ」
そう言った私を秋日くんはじーっと見つめてきた。ちょっとドキドキした。
「仕切る奴がリーダーに向いてるってのは、ただのイメージ。アイツが生徒会長を二年間もやったら、学校で嫌われる。だから、止めろって言った」
「なんでです?」
「仕切りたがりだから。ああ言う奴に、二年もリーダーをやらせると、意見が合わない奴から不満が出てくる。それで、決裂する。
だから、一年でクラスが一新されるクラス委員くらいがちょうどいいんだよ。そう言ってやったらメチャクチャ切れてたけど、立候補はしなかった」
「じゃあ、どう言う人が生徒会長に向いてるんですか?」
「向いてる人なんていないよ。世の中、ただの結果論だから」
そう言うと、秋日君はじーっと私の顔を見てきた。
「でも、この四人で選ぶなら、君だと思う」
へ?
「長続きする組織のリーダーの決め方で確率が高いのは、『年功序列』『好戦的じゃない』『辛抱強い』
要は何もしないリーダー」
何もしない?
「ジャニーズのリーダーはほとんどこのパターンで決まる。あのジャニー喜多川って天才。あそこはグループの解散がほとんどない。
バカはすぐに仕切りたがりをリーダーにして解散しちゃう。
『仕切る奴』と『最高決定権』は別々な方が組織は長く続く」
私は呆然と秋日君の言葉を聞いていた。
「『デスノートを誰に保管してもらうか?』を考えるのに近いかも」
秋日君は映画を見ながら、淡々と話して言った。
「初めて、自分が何かに向いてるって言われました」
「この四人で君が一番向いてることなんて沢山あるでしょ」
そうだろうか? 何をやっても彩花や若林君の方が優秀なイメージしか浮かばない私がいた。
「無意識にイメージとかで短絡的に考えるように、学校で教わるから。世間じゃ、なんの役にも立たないけど」
「どうして?」
「テストで答えを出す為」
「?」
秋日くんは、近くのティッシュを丸めてゴミ箱を見た。
「例えば、このティッシュをそこのゴミ箱に入れる時、どれだけの力を入れればいいかなんて、本当は毎回違うだろ?」
「はぁ」
「風が吹いてたり、俺の手がベタベタしてたり、その日の俺の体調とかも。でも、そういう現実の色々な抵抗を、排除する都合の良い言葉がある」
「何それ?」
「空気抵抗はないものとする」
秋日くんが投げたティッシュはゴミ箱の中心を捉えていたが、入らず床に転がった。昨日、若林くんが丸めて捨てたA1の北海道と東北の地図に当たってゴミ箱を出てってしまった。
「答えが合ってても現実では正解じゃないことのが多い」
そう言って立ち上がり、ティッシュを拾い、ゴミ箱に押し込んだ。
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