不可視騎馬ムーヴメント

naka-motoo

ステルス・フォース(ホース)

「どわああああー!」


 それは賞賛ではなく怒号だった。

『こやつ、何してくれるのじゃっ!』


 居合わせた全員が感じ、一斉に弓を引くモーションに入った。


 なにせ蹄の音が全くしなかった。

 108段ある石段からなんの前触れもなく、ぶわあ! と黒い戦闘騎馬がまさしく吹き上がってきたのだから。


しゃしゃーっ!」


 がしかし敵の一個中隊の射撃手10人のその声が空気の振動となって伝わる音速の前に馬上の武者が振るう大太刀は神速だった。

 ズバッ、とフォアハンドから繰り出される刃のスゥイングが、一気に5人の首を跳ね上げた。


しゃぁああーっ!!」


 射撃長の絶叫も虚しく、チャキ、とグリップを持ち替えてバックハンドの返しで残りの5つの首を、シュパーッ、と切断し敵の遠隔射撃隊を一瞬にして屠り去った。


 馬上の武者は装甲の厚い甲冑を帯びながらまるでアクロバティックな身体の柔らかさでもってぎゅん、と射手が落とした矢の束をぐわし、と拾い上げてその反動で上体を起こし、一本矢を素手で持ったかと思うと手首スナップのみで、ヒュン、とストレートに投げる。


「うぎゃあああ!」


 馬上の武者はさすがに弓を使わず素手で放つ矢の貫通力の弱さを計算に入れ、敵ののみを狙った。致命ではないが次々と戦闘不能に陥らせられる歩兵たち。


「虎を放てい!」


 敵は大陸から輸入したばかりの最新生体兵器を積んだ荷車の檻を開け放った。


 グルルルルと喉を鳴らす成獣の虎。

 白兵戦になだれ込んだ際に確実に大将級の武将を捕獲して殺害するための最終兵器。

 罪人の人肉を喰らわせて殺人虎に仕立てあげられている。

 その赤々とした口腔とごつく鋭い矢じりのような牙を見て武者は恐怖するどころか口元を緩めてなんと馬から降りた。愛馬に向かっては、


「お前はひとりで敵を踏み殺しておいで」


 とたてがみを撫でてやって殺戮の白兵どもの中へと送り出した。


 そして自分はこれまたあろうことか、装備していた兜を脱いで地に置いた。


「ガ、子供ガキではないかっ!」


 晒したその顔面はまるで少女とも見紛うかのような美しい顎のラインと長い睫毛を持った少年だった。


「兜は視界を遮るからな」


 人間の反射を超えた最強の生物との対峙において自らもそのリミッターを外し本能を超える瞬発力で戦おうという意思が込められていた。


 大太刀を両手に握って下段に構え、トン・トン、とフットワークで虎の動きに合わせる。


「ガオオッ!」

「とうっ!」


 虎が一撃必殺の跳躍で一気に間合いを詰めてきたところを武者は大太刀を掬い上げるように振って虎の上顎を切断しようと試みる。虎は野生の本能で太刀を牙で受け止める。


「む、むーっ!」


 パワーではさすがに猛獣に分がある。じりじりと体重を乗せ、前足の爪をも剥き出しにしてブンブンと振りながら徐々に武者を押しつぶそうとする。


「今のうちに太刀であやつを切り捨てましょう」

「たわけか! おのれが虎に喰われて逆に攻撃を削いでしまうわ!」


 敵のやや余裕ある冗談交じりの野次を聴きながら若武者は上体を海老反りにさせていく。とうとう虎に押し倒され完全にマウント状態となった。


「それ! 喰えい!」


 虎の体重が完全に乗ったらそれだけで若武者はあばらを折って内臓破裂して即死だろう。ベンチプレスの要領で刀を腕力で支え、虎の全体重荷重をなんとか耐えていた。が、


「ぐはっ!」


 一声叫んでとうとう完全に潰された。

 イョホー! と歓喜の声を上げる敵陣。


 だが。


 ゴボゴボゴボ・・・


 女子が犯されるような態勢で密接し合っている虎と若武者の腹のあたりから溢れ出る血は武者のものではなかった。

 見ると虎の脇腹あたりから棒が毛皮に突っ張るようなぐりぐりした形が見えたかと思うと、ぐぼおっ! と武者の短刀を握った拳がストレートを放つような勢いで虎の腹を突き抜けてきた。


 げえっ、とさんざんに死体を見尽くしてきたはずの敵の武士たちもそのおぞましさに吐いていた。


 キュワアン!


 もはや虎の威厳も消え失せた畜生は不可思議な外道の鳴き声を断末魔のように叫び、抜け出て立ち上がっていた武者に突進してきた。虎の視界から武者が消えた。


「せええーーっっ!」


 武者は大太刀をまったく見えないスピードで虎の真横から、ヒュン、と振り下ろした。切断の断面は虎の下顎と、赤い口腔の中の紫の舌だった。


 舌先を切り落とされてその根元が虎の喉の奥に巻き込まれていく。


 グゥオオオォォォ・・・・


 死闘の結末は虎の窒息死だった。

 武者は地べたに落ちているグロテスクな虎の舌先を指でつまみ上げて自分の口に放り込み、クチャクチャとガムでも噛むように咀嚼する。


不味まずい!」


 そう言い放ったその傍には散々に武士どもを踏み殺して蹄を血で染めた愛馬が戻ってきていた。因みに石段を駆け上がっても蹄の音がしないのは、最新の緩衝材でコーティングした次世代の蹄鉄を打っているからであった。


「き、貴様! 仮にも武士を馬に踏み殺させるとはなんたる屈辱! 戦闘者の精神に反する行為ぞ!」

「ふざけるな! 我が愛馬は人語を解し自ら兵法を知り戦術を脳内でシミュレートする武士以上の武士ぞ! お前らこそ単なる人喰いの毛皮すら残せぬ畜生を兵器として人類にあてがうなど恥を知るのだっ! せめてもの情けにこの僕が全員閻魔大王の眼前に送り届けて進ぜよう!」


 ふわ、と風のように馬上に飛びまたがり、馬の全力疾走に任せるままに残った敵を大太刀で皆殺しにした。


 こうして元服前にも関わらず日課の鍛錬中に遭遇した敵の遠征部隊を全滅させたこの少年は、10年後戦乱に苦しむこの国の全国民を救う救世主となる器を既にして備えていた。

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