第4話 彼女こそが快盗少女です
パーティー当日の天気は、晴れ。
会場の雰囲気も最高とまでは行かないが、決して悪いモノではなかった。『参加者の全員』には前以て、今回の事を話しているし。
彼女の宝石を心配する声(内心では、どうやって盗まれるのか楽しみにしていた)はあるが、パーティーそのモノを否める声は聞こえて来なかった。
参加者達は、今回のパーティーを楽しんでいた。自分は関係ない、つまりは傍観者の立場で。自分の不幸は何よりも許せないが、他人の不幸はどんな蜜よりも甘いのだ。
早く、快盗少女に盗まれろ。
参加者達は警察のボディーチェックを受けると、我先に夫人の元へと駈け寄っては、その不幸を心配しつつ、その第一目撃者になりたい下心で、いつもよりも余計におべっか……つまりは「お世辞」を言いはじめた。
夫人は、彼らのお世辞に苛立った。いつもは気持ちよく聞いているそれも、今回に限っては文字通りの「お世辞」でしかなかったからだ。有りっ丈の作り笑いで、彼らのお世辞に応え、そして、左胸のブルーホワイトを自慢する。
「これを手に入れた時は、本当に天にも登る気持ちでした」
参加者達はシャンパン片手に、彼女の話を「うんうん」と聴きつづけた。
執事はその光景に目を細めつつも、参加者達の顔をぐるりと見渡し、少しでも「怪しい」と感じた者には、慎重に近づいて、その人間が本物かどうかを確かめた。
彼が確かめた人間は、一人の例外もなく「本物」だった。
彼は、その事実に奥歯を噛み締めた。
「ちくしょう!」
執事の人間が言ってはならない言葉だが、この時ばかりは、そう叫んでしまった。気持ちの上では怪盗を捕まえたいのに、それが一向に上手くいかない。
やはり、一朝一夕では無理なのか?
そう思いはじめた彼は、会場の中を守る守護神達に目をやったが、彼の存在もやはり頼りなく、それどころか、その全員が敵のような気さえしてしまった。
彼らの中にもしや、「彼女」が紛れ込んでいるのではないか?
快盗少女は年齢不詳(少女と名乗っているが、実際の所は謎だった)、その実体すらも分からない謎めいた存在だった(と世間では通っているらしい)。
そんな少女が、この会場の中に紛れ込んでいる。
青年はその事実に焦り、それと同時に、言い様のない不安感を覚えた。
「くそ」
またしても、暴言が漏れる。
「このままじゃ」
「確かに不味いですね」
の声に振り向く青年。視線の先には一人、彼の良く知る警部が立っていた。
「クリス警部」
彼は安堵と不満の混じった顔で、彼の目を思い切り睨みつけた。
「現場の指揮は、良いんですか?」
「指揮は、していますよ。私のできる限りね。今の所、怪しい侵入者は見つかっていません」
「それりゃ、警察の警備を掻い潜れる人ですからね。それを見つけるのは、難しいでしょう」
「確かに、そうかも知れません。だが」
警部の目に力が入る。
「我々にだって意地があります。いつまでも、探偵の小僧に頼るわけにはいかない」
「クリス警部……」
二人は互いの顔を見合ったが、やがてその視線を逸らし合った。
「彼女は、『本物』を付けているんですか?」
「まさか」が、執事の答えだった。「盗まれると分かっているのに、本物なんか付けられませんよ。奥様のお胸に付けているアレは、文字通りの偽物です。作るのに一苦労しましたけどね。奥様は今朝、ご朝食を召し上がった後……しばらく席を外されたのですが、我々が考えた計画通り、その胸に偽物を付けて現れました。『これで泥棒に盗まれても安心だ』と」
「……そうですか。それなら、ひとまず安心ですね」
「はい。ですが」
「分かっています。それでも、警備の手は緩めません。宝石が偽物だと分かった以上、我々の最優先目標は、『快盗少女』の逮捕です」
執事は、目の前の大男に頭を下げた。
「よろしくお願いします。世間では、彼女の事を『プリンセス』とか言っているようですが。私には、そうは思えない。どんなに素晴らしい腕があると言っても、所詮はコソ泥の所業ですから。賞賛するには、値しません」
「私も、それには同感です。泥棒は何処まで行っても所詮、犯罪ですから」
二人は「それ」を最後にその場から離れると、一方は再び犯人捜しをはじめ、もう一方(何やら考えているようだが)は夫人の立っている場所に戻って行った。
「そうだよ。世間の奴らは、おかしい。彼女は、どう考えても犯罪者じゃないか?」
執事は、怪しそうな人間を片っ端から調べつづけた。
だが……異変が起きたのは、それからすぐの事だった。何処からともなく聞こえた女性の悲鳴。その悲鳴は、執事が良く知るモノだった。
彼は慌てて、その声に振りかえった。
振り返った先にはもちろん、彼の敬愛する夫人が立っている。先程まで話していた警部に身体を取り押さえられて。その目には……状況が理解できないのだろう。不安の色が浮かんでいた。
「助け」
て、の声を聞くまでもない!
気づいた時にはもう、彼女に向かって走っていた。
「どういう事ですか? クリス警部?」
「見ての通りです」
クリス警部は、右腕の力を強めた。
「彼女こそが今回の犯人、『快盗少女』です」
会場の中が鎮まった。彼女の前まで走り寄った執事も。全員訳も分からず、ただ黙って警部の顔を眺めつづけた。
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