第4話 結局

 嵐の前の静けさと言うべきか。予告の当日は、すべてが静まりかえっていた。教皇庁の地下室はもちろん、そこにある秘密の部屋もすべて静寂に包まれている。

 そこを警備する警官達の息遣いが鮮明に聞こえる程に。「本物」のお宝を隠し持っている警官も……その空気にあてられたのか、普段よりも興奮気味になっていた。


 警官達は互いの顔を見合い、そしてまた、地下室の方に視線を移した。


「近代最高の大怪盗、か」と、一人の警官が言う。「隊長」


「ん?」


「『快盗少女』って言うのは、一体何者なんでしょうね?」


 隊長は、その質問に「さあな」と答えた。


「どんな警備も擦り抜ける大泥棒。彼女の正体は……おそらく、人間を超えた化け物なんだろう。俺達の想像を超えるような」


 を聞いて、警官の顔が青ざめた。


「隊長」


「ん?」


「我々は、その化け物に勝てるのでしょうか?」


 隊長はまた、「さあな」と答えた。


「それは、神のみぞ知る世界だ」


 彼は部下の顔から視線を逸らすと、真面目な顔で地下室の前に視線を戻した。地下室の前には、彼も含めた数人の警官達が立っている。


 彼等は不安な顔で地下室の前に立っていたが、隊長が「大丈夫だ」と微笑むと、その微笑みに「はい」とうなずいて、各々に腰のサーベルを弄ったり、近くの仲間と顔を見合ったりした。


「それにしても」


「ん?」


「怪盗少女は、いつ現れるのでしょうか?」


「分からん。予告状には、時間が書かれていなかったかな。今日の一日は、とりあえず」


 の続きを言おうとした時だ、隊長の表情が変わった。


「まさか」


 彼は、警官の一人に問い掛けた。


「おい」


「はい?」


「本物の聖杯は、アイツが持っているんだよな?」


「はい、一番の新人が。アイツは、隊長の指示に従って」


「別室の金庫に聖杯を隠した?」


「はい。そう言うご指示だったので」


 警官は、隊長の表情に眉を上げた。


「どうなされたのですか?」


「え? あ、いや、ちょっと。俺の考えすぎでなければ良いが」


 隊長は自分の顎を摘まみ、地下室の前を歩きはじめた。


「隊長?」と、警官達が話し掛ける。「どうし」


「快盗少女は……」


 の所で一旦切る。


「快盗少女はもしかすると、既に宝を盗んでいるかも知れない」


「え?」と、警官達は驚いた。「既に?」


「考えてもみろ。相手は、天下一の大泥棒だ。俺達が何処にお宝を隠すかなんて」


「『彼女には、既にお見通し』と言う事ですか?」


「ああ。俺達の作戦は、別室にお宝を移し」


「快盗少女の目をくらます。隊長の計画は、完璧です。相手は何処にお宝があるのかは分かっても、それが何処に移されたのかは分からないのですから。推理のしようがありません。彼女は、袋のネズミですよ。この建物に入った時点で」


「確かに! 俺達の理屈では、そうなる。だが……」


 彼は、地下室の前から歩き出した。


「隊長」と、一人の警官が呼び止める。「どちらへ?」


「新人のいる部屋だ」


 警官達はその言葉に驚いたが、やがて「俺達も行きます」と歩き出した。


 彼等は数人の警官を残し、新人のいる部屋に向かった。部屋の中には、新人の警官が立っていた。とても不安な顔で。先輩の顕官達が入ってきた時も……その登場に驚いたのか、彼等に向かって「ど、どうしたんですか?」と聞きはじめた。


 警官達はその声を無視し、金庫の扉を開けた。扉の向こうには、「あった!」


 本物の聖杯が置かれていた。


「なんだよ、驚かせやがって」


 周りの警官達がホッとする中、隊長も自分の胸を撫で下ろした。


「やはり、俺の考えすぎか?」


 隊長は、新人の警官に視線を移した。


「おい」


「は、はい?」


「お前が聖杯を守っている間、この部屋に」


「だ、誰も来ていません」


「神に誓っても?」


「はい。自分は一人で、この聖杯を守っていました」


 隊長はまた、金庫の聖杯に視線を移した。


「そうか。なら」と言って、彼の肩を叩く。「このまま聖杯を守ってくれ」


「は、はい!」


 隊長は警官達を連れて、地下室の前に戻った。


 だが……異変が起きたのは、それから数時間後の事だった。


 地下室の前に駆け込んでくる新人。


 新人の警官は息を荒らげて、「怪盗少女にお宝を盗まれました」と言った。

 

 警官達は、その言葉に青ざめた。


「そんな」


「まさか」


「くっ!」


 一斉に走り出す警官達。


 彼等は新人のいた部屋に行くと、慌てて金庫の鍵を開けたが、その中に聖杯が入っていない事を知った途端、悔しげな顔でその場に座り込んでしまった。

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