第2話 予告状

 快盗少女の予告状は、それから三日後に届けられた。屋敷の郵便受けにストンと。それを見つけた屋敷の執事は(最初は悪戯かと思ったが)、「念のために」と思って、すぐさま自分の主人に伝え、その主人から「すぐ、警察に報告しなさい」と命ぜられると、町の警察署に走り、そこの警官達に事情を説明して……現在、応接間の長椅子に座り、自分の真向かいに座るクリス警部を見ながら、「これから」の事を話しはじめようとしていた。


「やはり、パーティーは中止させざるを得ないのでしょうか? 快盗少女と言ったら……今、世間を騒がせている凄腕の怪盗でしょう? そんな相手に宝石を狙われたのなら」


「おそらくは……いや、間違いなく盗られるでしょうね。たとえ、パーティーを中止したとしても。彼女は、狙った獲物は決して逃がしません」


 クリス警部の顔が歪む。町の治安を守る警察として、彼女の犯行は何としても止めたかったが、なにぶん相手が相手だけに、流石の彼も弱気になっていた。


「彼女の犯行は……悔しいですが、もはや芸術の域に達しています。警備の警官達を一人残らず気絶させ、誰の命も奪わず、目的の物を盗み出す技術は」


 執事は懇願するように、自分の両手を組んだ。


「ロード君(※『探偵、ロード』の主人公)でしたっけ? あなたを通して、彼に頼む事はできないのでしょうか? 彼は……ある意味では『快盗少女』と並ぶ、有名な少年探偵でしょう? 彼の力を借りれば!」


「確かに可能かも知れませんが。彼もまた、忙しい身でしてね。刑事事件ばかりを相手にしているわけには行かないんです。彼は、人気の探偵ですから。今日も」


「そ、そんな。それじゃ、快盗少女に宝石をくれてやるようなモノじゃないですか!」


 執事は、声を荒らげる。警察の対応があまりにもお粗末だったから。クリス警部が「もうしわけありません」と謝った時も、テーブルの上を勢いよく叩き、鬼のような形相で警部の顔を睨みつけた。


 クリス警部は「それ」に怯むこと無く、ただ一言「最善を尽くします」と答えた。


 執事はその言葉を聞き、胸の怒りを何とか抑えて、これからの事……つまりは「警備」についての段取りを聞きはじめた。


 警部の段取りは「お粗末」とまでは行かないまでも、とても平凡で脆弱なモノだった。パーティーは屋敷の庭で行われるが……「会場の出入り口」および「人が入り込めそうな場所」に警官を配置し、そこを随時見張らせる。

 そして何かあった時は、すぐさまクリス警部以下、周囲の警官達に報せ、その事態に対処させると。正に警官が考える、警備の基本のような手法だった。


「そんなやり方では、ダメです! 彼女は、変装の名人なんでしょう? 警官に扮して宝石を狙われたら、その時点でお仕舞いじゃないですか?」


「確かに。ですが、『それ』が我々の限界です。一応、警官と参加者の全員にボディチェックは致しますが。彼女は……どう言う原理かは知りませんが、その人間に完璧になりきれてしまいますからね。我々としても、止めようがないんですよ」


 つまりは、狙われた時点で終わり。そう訴える警部の目は、執事の戦意をどん底まで突き落とした。「警察に頼った、自分がバカだった」と。

 だからクリス警部が長椅子の上から立ち上がった時、彼に向かって「分かりました。警察のご助力はそのままに、わたくしの方でも何らかの手を打たせて頂きます」と言い、警部の目を鋭く睨みつけた。


「やられるだけは、やはり癪ですからね」

 

 執事は長椅子の上から立ち上がると、怖い顔でクリス警部に帰るよう促した。

 

 クリス警部は、その促しに従った。


 考えようによっては、かなり失礼な態度だったとしても。今の彼には、執事を責める事がどうしてもできなかった。「怪盗」を捕まえられないのは、どう考えても警察の責任。民間人である彼に何らかの対策を講じさせなければならない時点で、すでに勝負は決まってしまっているのだ。「今回もまた、快盗少女に盗られてしまうだろう」と。本当なら警察だけで事態を解決しなければならないのに。

 

 クリス警部は屋敷の外に出ると、悔しげな顔で地面の上を踏み付けた。

 

 執事は、主人の部屋に行った。


 部屋の中には、主人はもちろん、その夫人の姿も見られる。とても苛立った顔で。執事が部屋の中に入った時も、その態度が気にくわなかったのか、「空気を読みなさい!」と罵り、部屋の中をまたイライラと歩きはじめた。

 

 執事は、夫人の不安に頭を下げた。


「申し訳御座いません。しかし」


「なんです!」と、怒り心頭の声。


「このままでは、悔しくありませんか?」


 夫人の表情が変る。

 肘掛け椅子に座っていた主人も、その言葉に「え?」と驚いた。


 二人は互いの顔をしばらく見、それからまた、執事の顔に視線を戻した。


「そりゃあね」


「悔しいわよ! 相手は、あの快盗少女だって言うし。このブルーホワイトは、やっと手に入れた」


「だからこそ、です! その宝石を盗られるわけには行かない。わたくしも、その宝石を愛していますからね。そんなコソ泥なんぞに盗られるわけには、いかない。その宝石は、奥様のような、高貴なお方にこそ相応しいのです!」


 夫人の頬が火照る。とうに五十は過ぎていたが、こんなにも若い執事、それも美青年に言われると、若い頃の血が蘇るのか、少女のようにポッと赤くなってしまった。彼の言葉に俯く。


「奥様、旦那様!」


 執事は、二人の前に歩み寄った。


「対策を練りましょう。警察に頼るだけでなく、我々も彼女と戦うんです!」

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