最終話 また、世の中が元気になる

 時間は基本、元には戻らない。過ぎた時間を楽しめるのは、それを記した書物か、天上におわす神様だけだが、ここは物語の世界。

 時間の流れも、自由自在である。だから、時間を巻き戻そう。クリス警部達がその金庫を開ける数時間前、一体何が起っていたのか。神の力を借りて、その光景を再現しようではないか。


 ……パーティー当日の朝。

 

 自慢の特殊道具で、ん? その前に特殊道具について説明しろ? 仕方ない。時間は無いが、特殊道具について軽く説明して置こう。

 特殊道具は絶対王政期の皇帝に仕えていた科学者達が造った、所謂「危ない代物」である。特殊道具には、不思議な力が宿っていて……ティアナが持つ特殊道具にも、その力が宿っていた。「怪盗」の仕事に必要な特殊技術、つまりは変身能力や体力向上などが。

 

 彼女はその力と知恵を駆使し、今回も会場を警備する警官に変身して、何の障害もなく「そこ」に侵入し、それからパーティの参加者(本物の参加者は、とある場所で眠って貰っていた)に変身して、会場の様子を確かめながら(ついでに会食もご馳走になった)、目的のお宝が何処にあるのかを探しはじめた。


 まずは会場で仕事をしている人にそれとなく尋ね、お宝の情報を集める。「ご夫人の付けられている宝石、とても素敵ですね」と言う風に。話し掛ける時は、細心の注意を払った。ロナティから貰った情報があるとは言え、屋敷の中はまだまだ分からない事が多い。何処にどう言う部屋があるのか(夫人が服に付けている宝石は、一瞬で偽物だと分かったので、本物を探す必要があった)。

 

 ティアナは自分の正体がばれないように注意しつつ、屋敷の中を調べる時は警官にまた変身し直して、お宝の情報を一つ一つ集めて行った。その結果は……知っての通り成功に終わったが、調査の途中で周りに怪しまれてしまい(何人かの警官を気絶させた)、最後の部分は変身を解いて、自分の推理に頼らざるを得なくなった。

 

 この屋敷に隠されているのは、間違いない。

 問題は、それが何処に隠されているのか。

 

 ティアナは主人の部屋から盗んだ屋敷の秘密情報(金庫の場所などが書かれた書類)を捲ると、真面目な顔でその一つ一つに目をやり、「それ」がありそうな場所をじっくりと探しはじめた。


「屋敷の中で一番怪しそうな場所と言ったら……やっぱり、ここの金庫だよね?」


 でも……と、一瞬考え直す。


 そんな安直な手を使うかな? いくら大切な宝石を守るためだからって。


「うーん」


 彼女はしばらく迷ったが、「まあ、やってみる価値はあるでしょう」と思い直し、周りの目を上手くすり抜けて、その金庫が置かれている部屋に向かった。


 部屋の中は暗く、妙に肌寒かった。


 彼女は得意のピッキング技術で、金庫の鍵をカチャリと開けた。

 金庫の中には……少し拍子抜けだが、本物のブルーホワイトが入っていた。ブルーホワイトに手を伸ばす。それに合わせて、口元に笑みが浮かんだ。


「もう手に入っちゃった」


 彼女は鞄の中に宝石を入れ、その部屋から出て行こうとしたが、「それだと何だかつまらない」と思い直して、鞄の中から紙と筆記用具を出し、適当な場所に紙をあてながら、例の手紙を書きはじめた。

 

 この手紙を読んでいる方もしくは方々へ、と。



 そして時間は、現在に戻り……。


 ティアナは自分が住む下宿屋に戻ると、ロナティの「お帰り」に「ただいま」と応え、テーブルの椅子に座って、その上に片肘をつき、満足げな顔で机の上に突っ伏した。


 ロナティは、彼女の真向かいに座った。


「欲しかったお宝は、手に入ったの?」


「手に入ったよ」と応えつつ、鞄の中から宝石を取り出す。「はい」


 テーブルの上に置かれたブルーホワイトは、どんな宝石よりも輝いて見えた。


「綺麗」


「うん。だから、我が家の家宝にするんだ」


「そう」


 ロナティは椅子の上から立ち、部屋の窓まで足を進めた。


「明日はきっと、大変な事になるわね」


「今日の夕方から大変な事になるよ」


「フフフ、かもね。予告状通り、夫人の宝石を盗んだんだし。しばらくは、世間を騒がせるでしょう」


「うん!」


 二人は互い顔を見合い、そして、楽しげに笑い合った。


「また、世の中が元気になる」


 ティアナは嬉しそうに笑い、テーブルの上に宝石を置いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る