第5話 証拠の無い推理

「それは、どう言う事ですか?」

 

 を言ったのはもちろん、執事。彼は警部の前に詰め寄ると、不安な顔で夫人の顔を見、それから警部の顔に視線を移した。


「奥様が犯人なんて。彼女は、正真正銘本物ですよ?」


「それには、私も同意する」と、屋敷の主人もうなずいた。「そいつは誰が何と言うと、私の妻だ」


 二人は警部の顔を睨んだが、警部は「それ」に怯まなかった。


「いいえ。彼女は間違いなく、『快盗少女』です。その証拠に」


 と言って、彼女のブルーホワイトに目をやる。


「彼女には空白の時間が……そして、偽物のブルーホワイトを付けている」


「え? でも、それは!」


「確かに、貴方方の計画でしょう。しかし、相手は快盗少女です。そんな事は、既にお見通しの筈だ。貴方方が偽物を使うなど、彼女にはすぐに予測できたでしょう。何たって、彼女は盗みのプロですからね。我々の常識が通じるわけがない。夫人は……あなたの言葉を信じるなら、彼女は計画を実行する前に少しだけ席を外したと仰ってしましたね? 今日の朝食を食べ終えた後に」


「は、はい、そうですけど。それが?」


「大事な事です。夫人はその時間、貴方方に姿を見られていないのですから」


 周りの人々に動揺が走る。

 それを見ていた執事や屋敷の主人にも。

 彼らは互いの顔を見合い、そしてまた、夫人の顔に視線を戻した。


「姿を見られていないと言う事はすなわち、『その時間のアリバイがない』と言う事。アリバイの無い人間を疑うのは、捜査の基本です。それに」


「な、なんです?」


「その時間帯は、我々の警備もない時間……屋敷の純粋な施錠だけが生きている時間だ。その時間に侵入すれば、ここの夫人と入れ替わる事もできる。大方、入れ替わっている間に本物のブルーホワイトを見つけようと思ったのでしょう。夫人の姿に化けていれば、他の者に怪しまれる事はありませんからね。実に賢いやり方です。快盗少女はパーティーが終わった後、夫人の姿に変装したまま、『本物』の宝石をゆっくりと探すわけだ」


「た、確かにあり得る事かも知れませんけど。でもそれは、あなたの単なる憶測ではありませんか? 何の証拠も無いのに」


「証拠は、確かにありません。ですが……。チャリー夫人」


「な、なんです?」


「『本物』のブルーホワイトは、何処です? あなたがもし本物のなら、その質問に答えられる筈だ」


 夫人はその質問に苛立ったが、やがて諦めたように「分かりません」と答えた。


「本物のブルーホワイトが何処にあるのか、私には分からないんです」


 参加者達は、彼女の言葉に響めき立った。

 特にクリス警部が話した推理には、特別な称賛の声が上がった。「これがクリス警部の実力か」と。だが、夫人は「それでも、私は犯人じゃない」と訴えた。


「私は執事の彼に『本物』を渡して、だから『本物』が何処にあるのか知らないんです。食事の後に席を外したのも、服に偽物を付けるだけじゃなく、気持ちの方を整理しようと思って」

 

 クリス警部は、執事の顔に目をやった。


「それは、本当ですか?」


 執事は怯えながらも、その質問に「は、はい」とうなずいた。


「奥様がもし、『快盗少女』に脅された場合……話してしまう可能性もありましたからね。だから、私が預かり」


「秘密の場所に隠したと?」


「はい」


「なら、あなただけが『それを知っている』と言うわけだ」


 今度は、彼に視線が集まった。


「そ、そうですけど。それが何だって言うんです!」


「本物がある場所を教えてください」


「なっ! くっ」


 青年の顔が歪んだ。


「そんな事、教えられるわけがないじゃないですか! この中に快盗少女がいるかも知れないのに」


「だからこそ、です。ここでもし、おかしな事をする者が現れたら。それがつまり、『快盗少女』と言う事になる」


 執事は、彼の言葉に押し黙った。

 

 彼の言葉に脅えたからではなく、その意図に気づいたからこそ。先程述べた証拠の無い推理は、この状況を作る為の布石だったのだ。相手が表に出て来ないのなら、こちらから動いて炙り出せば良い。クリス警部の考えた策は、単に受け身に徹するのではなく、攻めの一手によって、相手の動きを封じる事だった。

 

 執事はただただ、彼の判断力に感服した。


「屋敷の金庫です。その中に本物のブルーホワイトがある」


「分かりました。では」


 クリス警部は夫人の身体を放し(その際、夫人に「申し訳ありませんでした」と謝った)、執事から金庫の場所を聞くと、周りの警官達に「そこ」へ行くよう指示を出して、自分もその場からゆっくりと歩き出した。


「私も、そこに向かいます。あなたも、一緒に来ますか?」


「もちろん!」が、執事の答えだった。「あの警官達の中に快盗少女がいたら堪らないですからね!」


 二人は「うん」とうなずき、執事の案内で、屋敷の金庫に向かった。


 金庫の前には、多くの警官達が集まっていた。隣の警官と何やら話していたり、あるいは、金庫の周りをじっくりと調べていたり。

 金庫から一番遠くの場所に立っていた警官は、二人が金庫の所にやって来ると、その背筋を正して、金庫の前に二人を導いた。


「こ、こちらです」


 二人は金庫の前にしゃがみ、金庫に異常が無いか確認した。


「金庫の周りには、異常はないな」


 執事は服の中から鍵を取りだし、それで金庫の鍵を開けた。


 ゆっくりと開かれる金庫の扉。その先に待っていたのは……「無い」

 宝石の無い、一枚の紙だけがある空間だった。


 警官達は、その光景に青ざめた。


「まさか、ありえない! こんな」


「俺達、誰も金庫に触っていないよな?」


「う、ううん」


 彼らの動揺は、それを見ていた二人にも伝わった。


 二人は一瞬、互いの顔を見合ったが、すぐに視線を逸らし合って、金庫の中に手を伸ばし、その中から紙を取り出して、紙の内容を静かに読みはじめた。

 


「この手紙を読んでいる方もしくは方々へ

 

 警察の皆さん、ボディーチェックお疲れ様です。身体の隅々までお調べになって。流石の私も少しだけ焦ってしまいましたが、そこはいつもの事。何の問題もなく突破できました。ううん、我ながらスゴイ! 会場の中に入った後は、そこの会食を楽しみ、お宝の情報を集めつつ、私なりにその場所を推理して、この金庫からブルーホワイトを頂きました。ブルーホワイト、物凄く綺麗です! 自分の服に付ける度胸は流石にないけれど、大事な家宝として、これからも大切にしていきたいと思います。それでは、またのご機会に。

                                

                                快盗少女X」

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