第3話 先読み

 情報屋の仕事は、主に依頼から始まる。依頼主が「何処々々の、何々を調べて欲しい」と頼むと、その内容に沿って、必要な情報を集めてくるのだ。情報の値段は、その重要度によって異なってくる。

 ティアナの場合は……彼女の相棒なので無料だが、普通は労働者が一週間分の食事を我慢しなければならないくらいの金が掛かる。だから彼女に依頼するのは、決まって金持ちか、訳ありの人間しかいなかった。


 下宿屋の扉を開けて、部屋の中に入る。

 

 ロナティは肩に掛けた鞄を弄り、コップの中に水を注ぐと、「それ」を一気に飲み干して、相棒の部屋に行き、彼女が「お帰り」と微笑むのを見て、呆れるように「ただいま」と返した。


「あんたの読み通り、パーティーは中止にならないみたいね」


 はい、と言いながらティアナに資料を手渡す。


「こっちが参加者の資料ね。そしてこっちが警官達の資料。顔の方は美男子を選んで置いたから、好きな男に変身して」


「りょーかい、ありがとう。それで、警備の責任者は?」


「警備の責任者は、警察署のクリス警部。警察署でも有名な」


「知っている。腕利きの警部でしょう? いつも殺人事件を解決している」


「ええ。クリス警部は、会場に相当な数の警官を配置するみたい。会場の出入り口から、人間が入れそうな場所まで。それこそ、蟻の入る隙も無いくらいに」


「ふうん」


「『ふうん』って。ティアナ」


「なに?」


「相手は、あのクリス警部なんだよ?」


「だから?」


 と、ティアナは何処までも冷静だった。


「クリス警部は、殺人捜査のプロ。でも、こっちに関してはズブの素人だと思うな」


「どうして?」


 ティアナは椅子の上から立ち、部屋の中を得意げに歩きはじめた。


「第一に、パーティーを中止にしなかった。自分で言うのもなんだけど。私って、世間でも結構有名な快盗だよ? 狙った獲物は、決して逃がさない。普通だったらパーティーを中止にしてでも、そのお宝を守ろうとするでしょう? それが命よりも大事なお宝だったらね。なのに」


「彼らは、パーティーを中止しなかった?」


「第二に」と、右手の人差し指を曲げる。「警備のやり方が、基本的すぎる。『守りに徹する』なんて、泥棒のご機嫌を取っているようなモノじゃない? 私だったら絶対にやらないな。警備は、『攻め』と『守り』を同時にやらないと」


「ま、まあ、そうだけどね。泥棒が来るのをただ待っているだけじゃ」


「ね?」


「なら」


「ん?」


「あんたなら、どうするのさ?」


 ティアナは、部屋の真ん中辺りで足を止めた。


「私ならまず、『ダミー』を作るね。ブルーホワイトそっくりに作った偽物を用意するの。そうすれば……たとえ私に盗られても、本物のブルーホワイトは残るってわけ」


「なるほど。本当にバカが考えそうな事だ」


「ね? ただ、この方法には一つだけ問題がある」


「本物そっくりの偽物をどうやって用意するか?」


「そう。ブルーホワイトは、特殊な鉱石から出る宝石だから。偽物を作るのが難しい。たとえ、作れたとしても、私の目なら一発で見抜けるよ。本物の金を見分けるのと同じくらいにね」


「はぁ、あんたの目は無駄に良いから。そう考えると」


「うん。残された手は、宝石を誰も知れない場所に隠すしかない。でもそれだと、パーティーの趣旨が無くなっちゃうから。どっちにしろ」


「夫人は、ブルーホワイトを付けざるを得ない。それが本物か、偽物かに関わらず」


「偽物だったら、情報を集めて、本物を盗めば良い」


 ロナティは、今回の獲物を哀れんだ。


「夫人はホント、ついていないね。あんたみたいな大泥棒に狙われたんじゃ」


「大泥棒じゃなくて、快盗。私は、世間の皆に夢を与える快盗少女なの。現に」


 と言ってからすぐ、ロナティに今日の朝刊を見せたティアナは、得意げに「クス」と笑って、その頁を勢いよく開いた。


「私に関する記事が、こんなにも大きく。その中には、私を応援する声もあるんだよ?」


「あんたが狙うのは、いつも金持ちの家だからね。夢かどうかは分からないけど、ある意味で捌け口にはなっているでしょう? 金持ちの人達に対する不満とか」


「そうそう! 私の犯罪が、多くの人達に喜びを与えている。私は、その事実がとても嬉しいの!」と、ルンルン顔で言うティアナ。


 ロナティはその顔に呆れたが、「それ」を否めようとはしなかった。


「まあ、あたしも飽きないから良いんだけどさ」


 二人は互いの顔を見合い、そして、「クスッ」と笑い合った。


「昼ご飯、食べた?」


「朝からずっと歩いていたからね。朝ご飯も食べていないよ」


「なら、お昼ご飯を食べよう? 私も丁度、お腹空いていたし」


 二人は家の台所に行き、並んで今日の昼食を作りはじめた。

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