第2話 拙い罠

 教皇庁の廊下は、お世辞にも豪華とは言えない。荘厳な雰囲気を醸し出す素材は使われているが、そこに大きな経費は掛けられていなかった。質素倹約こそが神の世界に通じる道。教会の教えに従う信者達は、その教えを妄信的に信じていた。


 教皇室の中にいる教皇も同じ……とは言えないようだ。部屋の中には、豪華な装飾品が置かれて。部屋のドアノブに使われている素材も……聖職者とは思えない、文字通りの純金製だった。

 

 そんな純金を輝かせる午後三時。部屋の肘掛け椅子に座っていた教皇は、使徒の一人である男に「教皇様」と言われてからすぐ、その男に視線を移し、椅子の上から男に向かって「なんだ?」と聞きかえした。


「今は、神に祈りを捧げる時間だぞ?」


「申し訳御座いません。本当は、お祈りの後にお話ししようと思ったのですが。なにぶん、急を要する事でして」


 男はまた「申し訳御座いません」と謝り、教皇に例の予告状を見せた。


「こんな物が届きました」


 教皇は、予告状の内容を読んだ。


「な、なんだ? これは」


「予告状です。快盗」


 を聞き終える前に「そんな事は、分かっている!」と怒鳴る教皇。「わしが聞きたいのは、それがどうして送られてきたと言う事だ!」


 教皇は椅子の上から立ち上がり、地面の上に予告状を叩き付けた。


「教会警察を呼べ。町の警察には、知らせるな」


「は、はい!」


 男は部屋の中から出ると、急いで教会警察を招集した。教会警察は、すぐに集まった。彼等は教皇室の中に入ると、隊長(隊長以下、その他の警官達も予告状の内容を読んだ)が代表して、教皇に質問等を行った。


「快盗少女が聖杯を狙っているのですか?」


「ああ!」と、うなずく教皇。「そこに書いているのが本当なら。そいつは、教会の宝を狙っている」


 警官達は「それ」を聞きつつも、不安な顔で互いの顔を見合った。


「怪盗少女と言えば神出鬼没、近代最高の怪盗として知られています。狙った獲物は、決して逃がさない。彼女の仕事は、完璧です。我々のような素人が敵う相手では」


「そうです!」と、別の警官もうなずいた。「ここは、外の警察にも協力を」


「頼めるわけがあるか!」


 教皇の怒声が響く。


「聖杯の存在は、門外不出。教会の関係者ならまだしも、部外者に聖杯の存在を知られるわけにはいかん。それがたとえ、コソ泥から聖杯を守るためでも。今回の事は、我々だけで対処する!」


 警官達はまた、互いの顔を見合った。戸惑いの表情を浮かべて。彼等の技術は確かに一流だが、それはあくまで教会の中での話だった。

 教会の外……特に窃盗に関しては、文字通りの素人に近かった。彼等が守るのは教会内の治安であって、聖杯そのものではない。聖杯の守護は、数多くある仕事の一つなのだ。それを専門的に行うなど。

 

 彼等は困ったような、そして何処か呆れるような顔で、教皇の顔に視線を戻した。


「分かりました」と、隊長の警官が言う。「教皇様がそうおっしゃる以上、我々も全力を尽くします」


「うむ」


 教皇は、満足げに笑った。


「頼んだぞ! 神の聖杯は、絶対に奪われてはならんのだ」


 警官達は教皇に一礼し、部屋の中から出て行った。


「さて」


「はい」と、一人の警官がうなずく。「これは、困った事になりました」


 別の警官も、その後に続いた。


「この人数では、教皇庁すべてを警備するのは不可能です」


「物理的にも、そして、技術的にも」


「はぁ」と、溜め息をつく隊長。「本当に困ったもんだ」


 隊長は憂鬱な顔で、自分の頭を掻いた。


「あの」と、警官の一人が話し掛ける。「隊長」


「ん?」


「警備の方は、どうしますか?」


「そうだな」


 隊長は難しい顔で、何やら色々と考えた。


「トラップ」


「え?」


「トラップだよ? 快盗少女に我々流のトラップを仕掛けるんだ」


 警官達は、その言葉に顔を見合わせた。


「隊長」


「ん?」


「罠を仕掛けるのは良いのですが」


「うむ。問題は、どんな罠にするかだな? 下手に凝った物を仕掛けても、快盗少女の事だ。すぐに見抜いてしまうだろうし。相手は何たって、プロだからな」


 警官達の顔が暗くなる。そんな中、一人の警官がある事を呟いた。


「獲物が無くなれば良いのに」


「え?」と、彼以外の全員が驚く。「獲物が無くなる?」


「ええ。盗む物が無ければ、流石のプロもお手上げでしょう。『獲物は、何処に行った?』ってね。我々は彼女が『それ』に混乱している間、集団戦法で彼女を捕まえれば良いんです」


 警官達は彼の案に止まったが、やがて「うぉおおお!」と叫びだした。


「それだ! それだよ、お前」


「確かにそれならお手上げだ!」


 彼の頭を乱暴に撫でたり、その身体に拳を当てたりする警官達。彼等の隊長も嬉しそうな顔で、自分の部下を「お手柄だ!」と褒めちぎった。


「人数がいない以上、その方法で行くしかない!」


 彼等はまだ戦ってもいないのに、「勝利」の一文字を確信した。

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