第6話 落ち雛のうた
あれは、おれがまだ
「おまえは悪い子なんかじゃないのよ」
恐れずにおれに触れるのはこの
しきたり通りに同年同日生まれの従者たちが選ばれていたが、おれの異常が分かると王宮に上がる必要はないとお達しが出て、おれにはほんのわずかな侍女たちだけが付けられた。侍女たちは身の回りのモノの世話はするが、おれ自身には決して手を出さない。
寄れば呪いがうつる、と陰で囁かれていることは知っていた。それでも末姉のレアは何もかも構わない風でおれに近寄ってくるし、美しい虹色の翼を広げておれを包み、雨や陰口から守ろうとしてくれた。
恐らくレアだけは特別なのだ。
天意を伝える声の器だから特別な力を持っていて、おれよりも遥かに強い。それで、おれを抱き締めても、おれの真っ赤な髪を手櫛で
「ねえ、わたしもおまえも、自分で選んでこんなふうに生まれたわけではないでしょう? 何ひとつ、わたしたちのせいじゃないの。ただ、こうした身体に宿ったものだから、この不自由な身体を通してしか世界と付き合えないだけ。でも、身体の不自由さは魂の善し悪しとは別のものだと思うの。だから、わたしが特別清くて
わたしたちは、おんなじなのよ。
レアはいつもおれにそう言い聞かせた。
無数の光そのものにも思える輝く髪はレアを祝福しているようだったし、冬の晴天と同じ蒼い眼は王宮に伝わるどんな宝石よりも尊いものに見えた。
その美しい姉と、毒々しい血色の髪が足元まで波打ち視線も声も人を呪うと言われているおれが同じだなんて思えなかったけれど、姉がおれを元気づけるためにそんな話を繰り返すのだということはよく分かっていた。
両親でさえ顔を見ようともしないおれに、レアだけが優しい。
けれどもそのレアの情があればこそ、おれは独りになる道を選んだのだ。
次の皇帝を呼び世を定める天の遣いのカラヴィンカが、血闇に呪われた鬼子にばかり構っているのがいかにも危険に見えたのだろう。カラヴィンカが障りを受けて
人間を喰ったのはその時が初めてだった。おれは、自分の怒りや恐怖と飢えとが分かちがたく結び付いていることを知った。
あまり美味しくはない暗殺者の肉に咬みついているところに、レアが来てしまった。刺客を送ったという知らせをおれに伝えるために雨の中を飛んできたレアは、喉が痙攣するような小さな悲鳴をあげておれの目の前に立ち尽くした。
弟が大の大人の暗殺者を惨殺し、血の海の真ん中でその肉を
おれが今度こそ本当に王宮を出ようと思ったのは姉の恐怖の表情があまりにも痛ましかったからだ。あんな感情をもう二度と与えたくないと思ったからだ。
優しさに何も返せないのなら、せめて傷つけない道を探すべきだと思ったからだ。
門を出る時、追いかけてきたレアが泣いていたことだけ覚えている。
ゆるして、と泣いていた。おまえを助けられたらいいのに、わたしはおまえの名を呼べない、と。
そんなこと、最初から望んではいなかった。弟は姉の伴侶にはなれない。カラヴィンカが呼ぶのは彼女の伴侶となる次期皇帝と決まっている。おれは皇帝なんかになりたいわけじゃない。ただレアをこれ以上悲しませたくない。
赦してもらう必要もなかった。おれがこの王宮の誰も彼もを長年怯えさせ、ついにはレアまで怖がらせたのだから。
おれは本当に呪われているのだから。
背を向けたおれにレアは言った。
「おまえのそれは、きっと呪いなんかじゃない。天は、産まれてくる人を苦しめようとはなさらないはず。わたしはカラヴィンカ、わたしの言うことを忘れないで。おまえに宿る力は、――」
レアの言葉は本当はもっと長かったが、もう思い出すことができない。あの時のおれはやはり、普通の状態ではなかったのだと思う。
自分を追い立てるようにして王宮を飛び出した。何もかも捨てようと思った。恐らくはそれで大切な姉の最後の言葉すら記憶に仕舞い損ねたのだから、おれは本当に最低な、可愛がり甲斐のない弟だったと思う。
忘れないで、と言われたのに。
何年かして、
おれは、あらゆる
アリヤに背を向け遠く離れたままでいることで、祈った。
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