第10話 祝福
あれきりレアはまた声が出なくなった。ただし、おれから離れている時だけだ。くっついていると、薄い光みたいな小さな声で喋る。
おれたちは本当に、性質が対なのだった。二人一緒にいると、お互いの苦しみや欠損を
身体の再生能力まで弱まるかと思ったが、これまでよりは緩やかなものの髪が半日に掌くらいも伸びるし、試しに腕を切って観察してみると見る間に塞がるのは以前と変わらない。驚いたレアにはまた泣かれてしまったが。
あの日、阿呆の
ではレアは、
それについておれには、一つ仮説がある。
騒ぎに乗じてティフィスを殺し見事仇討ちを果たした踊り子も連れてうまいこと逃げ出した後、用心棒たちの首と金を引き換えて、おれとレアは南南東の山岳地帯を目指している。
「レア、おまえ、どこで生まれた?」
「アリヤの辺境で。でもお母様は、ずっと前に滅びた
やっぱりな、とおれは空を見た。大体分かったぞ、姉さん。
懐かしい姉、あの落ち雛の姫が産んだ双子の片割れが恐らくレアの祖先なのだ。当時、双子の一人は皇帝を指名してアリヤを継ぎ、もう一人は属国のひとつ
もしかすると姉さんは、おれが二度とアリヤに近付かない可能性を考え、双子の一人を遠国に嫁がせたのかもしれない。アリヤから離れた場所でもう一系統の血脈が生き、いつか生まれる虚のカラヴィンカがおれと出会う可能性に賭けて。……まあ結局、アリヤのそれも王宮で出会う結果にはなったが。
だから多分、とおれは思う。
多分おれは、一瞬だって独りぼっちだったことはなかったのだろう。
見えないだけで、感じ取れないだけで、思い出せずにいただけで。
そして今は、レアがいる。
「だからおまえは、おれの姉さんの血を引いてる可能性が高い。サイラは王朝の交替がなかったはずだから」
そう説明すると、レアはとんでもないことを言い出した。
「じゃあ、イールは私の叔父さんでいいのかな」
「叔父さんはやめてくれ。見た目の違和感がひどい」
「だって、イール、幾つなの?」
「六百八十二」
「おじいちゃんだ」
「喰うぞ、おまえ」
笑いながら歩く道は、アリヤ辺境の皇族墓所に向かって続いていく。今の壮麗な墓所ではなく、何百年も昔の古い皇族が眠る場所だ。もはや朽ちて草木に覆われ、野山に溶けて還ろうとしているそこに、おれの姉は眠っている。
一度だけ墓前に立ったら、また旅に出よう。姉が引き合わせてくれたレアと一緒に。
レアはそこで、母親の形見の紙片を燃やすという。それもいいだろう。レア自身が、あの紙に刷られた物語のカラヴィンカなのだから。
振り返ると、レアは初めて会った時よりもずっと人懐っこい眼をして笑っている。
そしてまるで、
「ねえ、イールの髪の毛、真っ赤で本当に綺麗」
ああ、祝福だ。
その手首にはおれの髪で編んだ新しい腕輪がはまっている。また何か、命の危険があってもレアを護るように。
他人の怨嗟を聴かずに済むようにと着けてやったものだったが、おれと同等に近い再生力までレアに及ぼすとは思わなかった。お陰でレアを失わずに済んだ。
「おれにも、おまえの髪で腕輪を編んでもらおうかな。そしたら手を繋いでいなくても飢えないで済む」
編み方を教えて、とレアが言う。この腕輪の作り方は昔、姉さんに教えてもらった。確かにレアに受け継がれるべきことだし、レアの声なら腕輪に力を持たせることが十分に可能だ。
象牙色の髪で編まれた腕輪はきっと、おれの持ち物の中で一番優しげなものに見えるだろう。
さあ、どこに行こうか。墓所を越えてこの方角に進み続ければ、今は滅びたサイラの都に続く道がある。そこでレアの祖先たちの名残りを訪ねるのもいい。
「どこに行きたい?」
試しに尋ねてみると、どこでもいい、と言ってレアは、おれの手を両手で握る。
「イールと一緒なら、どこへでも行ってみたい!」
そんな言葉のすべてが祝福。
こうしておれは、ようやく自分の片翼を見つけた。
やがて賞金稼ぎ界隈に、何故かたいがいの怪我から回復してしまう赤と白の二人組が知られるようになっていくのだが、それはまた別の物語である。
〈了〉
カラヴィンカの祝福 鍋島小骨 @alphecca_
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