第2話 冬山

 片手に生首をぶら下げて、おれはティフィス王子の一行を見下ろしている。真っ白な雪に覆われた山道を連なってゆっくりと進んでいく長い列は、王子の祖国七峰国ウージを出発する時点で十三人もの用心棒を含んでいた。

 数が多過ぎて用心棒同士で反目が起きているのはお笑いだ。頭数を増やせばいいというものではない。

 それが証拠に、と思いながら、血が抜けて少し軽くなった首を持ち上げてみた。

 実力のない奴ほど、大人数をたのんで油断し、このざまだ。

 これで用心棒はあと十二人。それに正規の護衛が七十人、王子の元々の従者が五人、後見の大臣と彼の従者が一人。

 倒した用心棒の首を取るのは単純に持ち歩きの都合だ。いくらおれが馬鹿力でも、死体を幾つも担いで歩くのは面倒くさい。

 真の標的を殺すまで知られるわけにはいかないから、せっかくの首もまだ賞金とは引き換えられない。氷に漬けるか塩に漬けるか、まあ氷だろうな、と思う。季節もおあつらえ向きの真冬だ。でも、しばらくは持って歩かないといけないな。道々埋めていったのでは後で回収が面倒だ。宝石国アリヤに入ってこの森が切れる辺りまでは持って運び、雪に埋めておいた方がいいだろう。

 王子の馬がしきりに首を巡らそうとするのが見える。あの馬は最初からあまり機嫌が良さそうではなかった。恐らく乗り手が気に食わないのだろう。気持ちは分かる。さっそく一人用心棒が消えて、一行は動揺している。首のない死体をどうするかで簡単に喧嘩になっていた。馬は賢い動物で、そういう雰囲気をきちんと受け取っているのだ。この旅はろくなことにならない、と。

 その通りだ、とおれは歩んでいく馬の尻尾を見ながら考えた。

 ろくなことにならない。それは、お前らの主がろくなもんじゃないからだよ。



 ティフィス王子の旅の三日目、ここまで来れば恐らくもう引き返しはしないだろう距離を進ませてから最初の一人を狩って、この日はそれだけで泳がせた。まだ進ませる。アリヤ領内までは行ってもらわなくてはならない。

 次の日の早朝、日の出前に小便をしに起き出してきた一人を矢でたおした。前日に続いて首のない死体を見つけた用心棒たちは、その胸に突き刺さった矢の羽模様を見て疑心暗鬼になっただろう。おれは王子の弓矢を盗んで使ったから。

 王子は体格はいい方だが特に鍛えてはいないので、あんな強い弓は恐らく一度として引いたことすらないはずだ。どれも威勢を見せるためだけの飾り武器。剣も未使用の宝剣だった。

 まったく見映えだけの武装を揃え、大仰な隊列を組んで進む理由はアリヤの皇女水晶キラン姫との婚約のためだという。キラン姫の婿となる者がすなわち、周辺国を従えた強大なアリヤの次期皇帝である。属国のひとつ七峰国ウージの王子ティフィスは賢子と名高く、並み居る候補者たちの中からアリヤの後継者に選ばれたのだ。

 だが、おれには関係ない。

 おれはただ、請け負った仕事をするだけだ。



 一日に一人、または二人を狩った。

 護衛が何度か周辺を探索したがおれを見付けることはできない。雪の少ないウージの者どもが、長年雪山に慣れたおれと互角に仕掛け合うのはまず無理だ。

 一度に殺さなかった理由?

 そう、それが後から自分でも不思議だったよ。

 もしあの山中で一気に全員殺していたなら、おれはアリヤの都には行かず、都では起こらなかった。

 実際、ほんの一時で全滅させて何もかも山道に放置しておくことだってできたと思う。

 でもその時のおれは、久し振りにアリヤの王宮に忍び込むのも悪くないなと思っていた。王宮に入ってさえ用心棒が殺されていったら、ティフィス王子もアリヤ側もひどく怯え混乱するだろうし。

 だからおれは雪山を出る前に九つの首を丁寧に埋め、ティフィス王子の一行がアリヤの王宮に入ってくるのを先回りして待った。

 その時キラン姫は、城の物見塔からティフィス王子の隊列を見下ろしていた。隣の塔の屋根にいた俺からはその横顔がよく見えた。


「あの方が私の夫?」


 顔より遥かに幼い口調で皇女は、側に控える乳母にそう聞いた。


「ええ、ウージの第二王子ティフィス殿下でございます。大勢の候補から陛下や側近の皆様が選び抜いたお方。姫様とご結婚のあかつきには、やがて陛下の後を継いでこのアリヤの皇帝となるお方です。黒玉ジエ色のおぐし琥珀ファメイ色の瞳で、それは美しいお方だということですよ」


 ふうん、と皇女は楽しそうに言った。


「美しくって、父上がお選びになったのなら、きっと間違いないのでしょうね。ということね」



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