第7話 誤算
夜明け前の空はまだ暗いが、山並みを縁取る朝焼けの気配は天上めいて美しい。吹雪は山脈の彼方に去り、
その雪を汚して撒き散らかされた赤黒い血はやはり毒々しく、同じ色のおれの髪をなぜレアは綺麗だなんて言うのか分からない。姉も、白髪頭も、どちらのレアもだ。
誰も来ないし腹も減っていたので、斬り落とした首の断面を
このまま首を持って逃げても構わないんだよな、と夜中から百回くらい考えている。用心棒十三人の首を取っただけで相当の稼ぎにはなるし、王子を殺さなかったからといって身の危険も特にない。
仮に今回の雇い主から刺客が差し向けられたとしても殺してしまえばいいことだ。残念ながら、おれを倒せるほどの使い手はそれほど数が多くない。奴らを雇うには破格の報酬が必要で、今回のおれの雇い主にそこまでの財力はない。
とにかく、ティフィス王子を殺すか殺さないかというのは最大の問題ではなかった。まあ、殺されても文句の言えないような男だとは思うが。
そんなことより、この身体という器に注がれた水がずっと揺れているみたいに治まらない。心がどこかに走って行こうとして、言うことを聞かない。
こんな仕事を
姉を思い出すことなんて、この数百年に何千回とあった。それなのに、昨夜だけはどうしてあんなに、声を上げるほど泣きたくなったのだろう。飢えからではなく、もっと心の奥のことで。……そう、昨夜どうして全然飢えなかったのだろう。
多分、そういった様々な珍しいことがおれの感覚を大幅に乱していたのだと思う。
考えがまとまらないまま王宮に戻ったところ、無人のはずの宮の中でティフィス王子の護衛に
その護衛は次の瞬間には殺した。この百年ほど気に入って使っている黒い
王子は奥の扉を開けて部屋の中から外のこちらを覗いたところだった。
つまり、見られたし、聞かれた。
おれは、部屋に人がいることにまったく気がついていなかったのだ。
これはだめだ。有り得ないほど気が散っている。予定とは違うが、こいつも今殺すか。
でも、ティフィスが何故ここに? ここは、今は誰も使っていないはずの
そこまで考えたほんの一瞬の間に、ティフィス王子の後ろにいるもう一人が見えた。
美しい刺繍が長く縁取った
それは、どこか
――ああ、そういうことかよ。
理解した瞬間、別の護衛が後ろからおれの頭を殴りつけた。
とんでもなく腹が減ったな、と思った。
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