第11話

昨夜は妻の麻理と話し合いのために家に戻った義男だったが、麻理は強固に離婚を迫った。

その理由は、義男にしてみれば他愛のない、下らない、訳の分からないものだったが、ともかく麻理は自分に嫌悪感を持っていることだけは分かった。

「じゃあ、どうする」

義男は苦慮していた。

あそこまで嫌われているなら仕方ない、離婚に応じるしかないという思いと、今は気持ちが高ぶっているが、少し時間を置けば気持ちも和らぎ、離婚を思いとどまるのではないかという正反対の思いだった。

麻理に気になっていることを聞いてみた。

「お前は他に好きな男が出来たのか」

「もう男はあなたでたくさん。先のことは分からないけど、再婚はしないと思うわ」

そう麻理は答えた。

麻理の言葉を信じれば、浮気で離婚ということでもなさそうであった。

しかし、義男にしてみれば、むしろ麻理が浮気なり、不倫してくれて自分と別れたいとしてくれたほうが理解しやすいし、納得もしやすかったと思った。

もちろん許しがたいことだが、理由としては分かりやすい。

昨日のような理由では、まるで理由もなく駄々をこねる二歳児を相手にしているようなもので、男の義男はどうしていいのかまったく分からなかった。



そして、今日は会社に電話して休みを取った。

有給休暇が溜まっているので三日間検査入院すると嘘を言って休んだのだ。




義男を旅に出た。


普通電車を乗り継いで奥秩父の温泉宿に投宿した。

川べりにあるその宿は、平日で義男のほかは、年配の夫婦が一組だけの淋しさだった。

宿に来る電車のなかでも思うことは、麻理との離婚のことではなく、娘たちのことだった。

末娘の三女はまだ高校一年生である。

まだ親としての責任を取らなければならない年齢だ。

長女も大学生だし、次女は来年大学受験を控えている。

まだまだ親の力が必要なはずななのに、親としては母親しか要らないという結論を出した。父親は切り捨てられたのだ。

自分が悪いことをして娘たちと離れなければならないなら仕方ない。

諦めもつく。

だが、自分に非がないのに愛する娘たちと別れなければならないなんて不条理すぎる。

義男は麻理に殺意に近いものを感じていた。今となっては麻理は憎しみの対象以外のなにものでもない。

「憎い」

だが、宿についてお風呂にゆっくりと浸かり、夕食をとって床につくと別の思いも浮かんできた。

「これも自分の運命なのだろうか」

もし、破滅を願うなら、麻理を殺して自分が犯罪者になることで済むだろう。

しかし、それでは娘たちが哀れすぎる。

三女はまだ高校一年生なのに、一生浮かばれないだろう。

彼女たちの人生を奪うことになる。

そんなことは出来ない。

義男にとって子供たちは何物にも代え難い存在だからだ。

気がつくと、義男の目から大粒の涙が零れ落ちていた。

泣くならなけばいい、だが翌朝目覚めたら、今までの自分と違う自分になろう。

もう、後戻りできない。

麻理とやり直せないなら、違う人生を歩んでいかなければならない。

たとえ離れていても、娘たちは生きている。

会おうと思えばいつだって会える、ならばいさぎよく離婚するのも手かなと思っていた。

義男は、温泉で温められた体が、それまでの体と心の疲れを包み込んで、柔らかい眠りへと誘っていくのを感じながら眠りについていった。



⑫へ続く。






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