第10話

義男は子供たちに会っても何も前に進めないので、思い切って妻に連絡した。

翌日の夜、家での話し合いということになった。

仕事が終わって、午後8時に駅に着いた。

約2週間振りの家の前に立つと、何だか新鮮な気持ちになった。

「ここで俺の家族は作られたんだな」

しみじみとそう思った。

長女が生まれて2ヶ月目に賃貸のアパートからこの家に引っ越した。

中古物件だったが、妻の親の遺産と自分の貯金でこの家を手に入れることが出来た。

次女、三女と生まれ、妻は子育てに追われた。

自分は会社で順調に仕事をしていた。

失敗もなければ、人事で冷や飯を食わされたこともない。本当に順調だった。

子供たちは、義男にとって天使そのものだった。

仕事が順調だったとはいえ、たまには嫌なこともあった。

そんなとき、子供たちの笑顔がどんなに心の支えになったことか。

彼女たちを抱きしめていると、本当に結婚してよかった、生きていてよかった、と思った。

それが、今日は離婚の話し合いをしようとしている。

大いなる矛盾だ。

だが、それを乗り越えなくては次に進めない。

「負けないぞ」

心のなかでつぶやいていた。

ドアを開けた。リビングには妻が待ち構えていた。

「こんばんわ」

「やあ」

「元気だった?」

「ああ」

しばらく沈黙が続いた。

「ご飯は食べる?」

「ああ、頼むよ」

妻は義男が家を出たときより表情が柔和になった気がした。

出されたのは義男がかねてから美味しいと思っていたオムライスだった。

子供たちが大好きでよく作っていた。

義男は一度も旨いと口に出して言ったことがないが、心のなかでは妻の料理で一番旨いと感じていた。

食事が済んでお茶を飲むと、妻が口を開いた。

「私には条件はありません。この家は渡せないというなら出て行きます」

「そんなことを言ってないよ。そもそも何故離婚しなくてはいけないんだ」

「一言では言えません」

「じゃあ、どれだけ長くなってもちゃんと俺が理解出来るように話してくれよ」

妻は結婚してから、今までのことを淡々と話していた。

それはごくささいなことばかりだった。

スーパーで買出しに行ったとき、妻の荷物を持とうとしなかったこと、次女の運動会でひとことも口をきかなかったこと、妻の実家で母親が作った料理を不味そうに食べたこと、家族旅行に行ったとき三女が熱を出したとき眠そうで協力的じゃなかったこと、妻がバザーで買ってきたケープを見て、もっと安いのはなかったのかと言ったこと、次女が始めて彼氏を家に連れてきた後に「あいつは顔が悪い」と言ったこと、次女が中学受験に失敗したときしばらく嫌な顔をしていたこと、三女を肩車したときいきなり倒れて三女に怪我をさせたことなど一時間まくし立てた。



「そんなささいなことかよ」

「そう、つまらないことだらけね。でもそれが積もり積もってもうあなたとはやっていけないという結論になったの」

「過去は過去だろ。まだ優花は高校一年生だぞ。それに瞳は来年受験じゃないか、こんなときにそんなささいなことで離婚しようなんて信じられないよ」

妻の麻理は驚いたような顔をして義男を見つめた。

「そういうところが嫌なのよ」

麻理は吐き捨てるように言い放った。




⑪に続く。



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