第12話
傷心の心を抱えて奥秩父の宿にひとり旅で来た義男は、さまざまな思いが胸をよぎったが、眠りにつく前には、明日からは前向きな自分になろうと決意していた。
旅館の気持ちのいい布団に包まれて、静かに眠りに陥る前に、義男は瞑想していた。
義男にとって妻も娘たちも疑いもない「天使たち」だった。
それが突然自分を裏切り、自分を捨てようとしている。
彼女たちはどんな話し合いをしたのだろう。
義男がまだ帰らない夜の出来事だったのだろうか。
それとも、義男が休日出かけたときに話し合ったのだろうか。
義男はこう結論した。それは、義男が眠った後の深夜。
妻と娘たちは義男を切り捨てる話し合いをした。
切り出したのは妻だ。
娘たちは妻の言うことに賛同した。
いや、賛同するように妻がもっていったのかも知れない。
その夜はどんな夜だったのだろう。
天気はどうだったのだろう。
雨が降っていたのか、晴れていて、深夜の静けさのなかで妻の怨嗟だけが淡々と話されたのか、いろいろ想像してみた。
義男は娘たちひとりひとりのそのときの表情が浮かんできた。
義男の天使たちは、夜の深淵に迷い込んだのか。
彼女たちはこれおからどう生きていこうというのか。
天使たちの幻の夜だったのか。
そんな思いが公差しているうちに、意識が薄らいでいった。
義男は、かすかに聞こえる川のせせらぎの音を聞いて目が覚めた。
起きると朝もやがかかってはいるが、よく晴れそうな朝だった。
窓を開けると、晩秋の冷たい空気が入ってきた。
秋の始まりにこの騒動が起き、秋の終わりに終焉を迎えようとしているのだと義男は口を引き締めた。
朝食の前に温泉の湯船に体を沈めた。
「よし、東京へ帰ろう」
帰りの電車のなかでこれからのことを考えていた。
ーひとりで暮らそうー
決心した。
さまざまな困難が待ち構えているだろう。
恥ずかしい思いをしなければならないだろう。
淋しさもひとしおだろう。
だがそれも運命だ。
むしろ、昨日妻に殺意を覚えたことを後悔していた。
理不尽な離婚を突きつけられ、家族から孤立し、人生に絶望した。まさに崖から突き落とされる寸前だった。
それを何とか持ちこたえられそうな自分に少し自信が持てた。
会社に電話をして、予定通り明日から出社すると課長に伝えた。
妹は、「あんたが決めたことだから言うことないわ。引越しは手伝わないよ」と突き放されたが、それもいいだろう。
もうだれにも頼れない。
妻にも電話をした。
離婚届けの用紙は会社に送ってくれと頼んだ。
もう妻には会いたくない。
娘たちのはまたひとりづつ会って話をしようと思っていた。
義男が作った家族は一ヶ月もなく終わった。
あっけないものだった。
家族とは何だろう。
少なくとも妻は他人だ。
そう考えると子供も妻の血が半分入っているのだから半分は他人なのだ。
義男はつくづく考えていた。
「自分にとって家族は無くなってしまったが、けっして後悔はしていない。いつか家族はバラバラになる。子供たちは独立し、夫婦だけになり、やがてどちらかが先に死ぬ。たとえひとりになったも、家族の記憶は残る。それでいいのだ。記憶に残ればそれでいい。子供が小さいときに味わった幸せの記憶だけでこれからも生きていける。それだけでいい」
終わり。
天使たちの幻夜 egochann @egochann
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