第8話

三女のすみれに会ってさらにショックを受けた義男は、重たい脚を引きずるようにして、妹の家に帰って来た。

「すみれ、どうだった」

「だめだ、麻理と同じ目つきで俺を見た」

「ひー、だね。あんたが一番可愛がった子なのに」

「困ったな」

「諦めるなよ。子供は親を裏切らないものよ。私だっておやじのこと死ぬほど嫌いだったこともあったけど、今から考えるとどうしてあんな気持ちになったのか分からないもの」

「普通はそうだよな、でも何か違う気がする」

「瞳と瑠華だとどちらが話しやすい?」

「同じくらいだな。でも、少しは大人の瑠華に会ってみるか」

「とにかく子供たちには全員会ったほうがいいわ」

長女の瑠華は、やはり長女ということもあり、しっかりした娘だった。

一流の私立大学に通っていて、インターシップで海外ボランティアに行ったりしていた。

アルバイトでターミナル駅にある中高校生向けの英会話スクールで講師のアルバイトをしている。

翌日、会社が終わると瑠華のアルバイト先に電話をして、講習日であるかどうかの確認をしたうえで、英会話スクールのロビーで待っていた。

制服を着た女子中学生のグループが通り過ぎると瑠華が現れた。

「お疲れさまでした」

受付にいたスクールの人に挨拶をすると、義男のそばに立った。

「食事でもする?」

「うん、そうしよう」


大きなアーケイドのある商店街を少し入ったところにあるインド料理の店に入った。

義男はカレーが大好きだった。それも日本式のカレーではなく、本場インドのカレーで、ライスではなく、ナンを食べるのが好きだった。

瑠華と入った店はこれまで来たことが無い店だった。

「ここは北インド料理の専門店なの」

瑠華は義男と英会話スクールで会ったときから、笑顔こそなかったが、暗い表情ではなかった。

義男は瑠華がどう接してくるのか不安だったのだが、少し安堵していた。

「ママと俺のことで話したか」

瑠華は、それ来たかという表情をした。

「ママは離婚したいのよ」

「だから訳が分からないんだよ」

「それはママと話してもらわないと、私から何も言えないわよ」

「理由が分からないんだ」

「ママと話して」

「ママと話せないから瑠華に会いに来たんじゃないか」

「それは分かるけどさ、ママとパパのことなんだから」

「離婚したら困るのはお前たちだろう」

「それはそうだけど、私としてはママの気持ちを大事にしたいのよ」

「少しでいいから、ママがどうして離婚したいのか教えてくれないか」

「んー、ママを裏切れないよ」

「それはどういう意味だ。俺に隠さなければならないことがあるというのか」

「・・・・・」

一気に瑠華の顔が曇った。

運ばれてきた料理を無言で食べた。

駅まで瑠華を送ると、義男はまた絶望感に包まれていた。

このままでは帰れないと思い、ガード下にある一杯飲み屋でハイボールを立て続けに三杯喉の奥底にたたき込んだ。

「俺がなにをしたんだ」

何度この言葉を飲み込んだか。義男は、勘定を済ませると、当ても無く繁華街の雑踏を歩き回っていた。




⑨へ続く。






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