第7話
妻から離婚を言い渡された川村義男は、頭が錯乱し、家を飛び出した。
独身のキャリアウーマンの妹の家でその晩は過ごすことになった。
次の日、義男を定時通りに出社し、かずかずのルーチンワークをこなして、妹の家に戻った。
妹にことの顛末を話したが、妹にも今回の妻の離婚申し出は謎だと言われた。
「どうしたらいいんだ」
「とにかく話し合うしかないでしょ。兄貴には過失はないんだから。本気でぶつかれば何とかなるわよ。それでもダメなら、それはそのときまた考えればいいんじゃない」
「そうれはそうだけど・・・」
妻が義男を冷たい目で見ながら「離婚して欲しいんです」と言ったときの表情が思い出された。
その目は、決意の固さと、義男に対する嫌悪感が滲み出たものだった。
「麻理と話すのが恐い」
「じゃあ、すみれとまず話たらどう。あんたが一番可愛がっていた子じゃない」
確かにすみれは末っ子だし、一番可愛かった。
目の中に入れても痛くないとはこのことかと思うほど可愛かった。
すみれもそれに答えるように父親には従順で、世間でいう反抗期もなかったほどだ。
だいたい思春期の女の子はどうしようもなく父親を嫌悪するものだが、高校一年生になる今まで、そんなそぶりを見せたことなど無い。
それどころか、「一緒にお風呂入ろ」と義男が断るくらい従順で子供で可愛い奴だったのだ。
「明日、バイトの帰りを待ち伏せして、話してみるか」
「そうね、でも待ち伏せっていうより、何気なくという方がいいわね」
「分かった」
翌日、仕事終わりにすみれのアルバイト先のファミリーレストランの前の道を行ったり来たりしながら、すみれが出てくるのを待った。
午後九時を10分ほどまわったころにすみれが友人とバイト先の裏口のドアから出てきた。
義男が前に立つとびっくりした表情で立ち止まった。
「パパ、何してるの」
その声は何のためらいもない、今までと変わらない子供のままのすみれの声だった。
義男は安堵した。
この子は、自分に嫌悪感は抱いていない。
妻に言われたことに従っているあけなんだ。
この子から妻の本心が聞けるかも知れないと瞬間的に思った。
「いや、ちょっとね。お友達か」
「そう、中学のとき一緒だった絵美梨ちゃん」
「どうも」義男は絵美梨に挨拶した。
そして、すみれに話があるから駅前のファーストフードの店に行こうと言った。
駅まで三人で歩いた。
すみれは絵美梨と愉快に話していた。
駅前で絵美梨と別れ、ファーストフードの店に入って、すみれはオレンジジュースを注文し、義男はコーヒーを注文した。飲み物を持って階段を上がり、二階の席に対面で座った。
「すみれも知っているだろうけど、ママが離婚したいと言ってきた」
すみれはジュースを飲むために顔を下に向けていた。
「・・・・・」
すみれは顔を上げない。
「パパもどうして良いのか分からなくてさ」
「・・・・・」
すみれは何も反応しなかった。じっと下を見つめたままだった。
「すみれの意見を聞かせてくれよ」
「・・・・・」
あのときの妻のように黙ったままで、視線を義男のほうに向けなかった。
「頼むよ、すみれ」
「・・・・・」
ぴくりとも動かない。
ようやく、すみれが顔を上げた。
その顔はさっき絵美梨と一緒だったときとは明らかに違う表情だった。義男を睨んでいる。
「ママに叱られるから、パパとは話せない」
「どうして」
「・・・・」
「ママは何か宗教にでも入ったのか」
「それは無いと思う」
「じゃあ、何なんだ」
「それはママと話してくれる」
そう言うとまた顔を下げた。
もうこれ以上聞くと、すみれは席を立ってしまうような気がした。
義男から席を立ち、すみれを改札口まで送った。
「じゃあな」
すみれはにこりともせず、すっと背を向けて改札口に入っていった。
義男はまた絶望的になった。
妹の家まで呆然としていた。
「どうだった?」
「ダメだ」
そう言うと妹が注いでくれたビールを一気に飲み干した。
⑧に続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます