第6話

義男は思わず家を飛び出していた。

妻から思いもよらぬ離婚の申し出を受けて動揺しまくっていた。

娘たちも賛成しているという。

二重のショックだった。

頭の中が真っ白になった。

思わず「バカヤロー」と叫んでしまって駆け出すように家を出たのである。

駅まで走った。

大声で叫びたかった。

「どうしてだ、どうしてなんだ」

駅に着いて、来た電車に飛び乗った。

都心へいく電車だった。

混乱する頭のなかで考えたことは行き先だった。

どこへ行こう。

実家に戻るのはいくらなんでも気が引けた。

両親は健在だったので、実家に帰れないことはない。

電車を乗り継いで一時間半の距離だ。

だが、このことは両親に知られたくなかった。

自分のプライドが許さなかった。

自分の浮気が原因なら、まだ言い訳は出来る。

しかし、妻からの離婚を望む彼女たちの理由は分からない現状ではどう説明していいか分からない。

こんな状態で実家に帰れば年老いた親に不要な心配をさせるだけだ。

かといって友人で自分を泊めてくれるような奴はいない。

みんな家庭持ちだから、迷惑をかけるだけだ。

やはり、妹の家に行こうと思った。彼女なら独身で、都心でひとり暮らしには広すぎるくらいのタワーマンションで暮らしている。

ここは恥じを忍んで頼んでみようということにした。

最寄の駅についたところで電話した。

「仕方ないわね、兄さんがわざわざ電話してくるなんてよほどのことでしょ。夫婦喧嘩に巻き込まれるのは嫌だけど、今晩一晩ならいいわよ、いらっしゃい」

ありがたかった。

48歳まで独身の彼女は、外資系の保険会社でキャリアを積んで現在では課長代理まで出世している。

「どうして喧嘩したの」

「聞くなよ」

「知りたくもないけど、一応聞いておかなくてはね」

「親父たちには言うなよ」

「分かったわよ」

「実は離婚したいと言われた」

「あなた、お姉さんに何したの。浮気がバレたの」

「違う。浮気なんてしてない」

「まさかDVじゃないんでしょうね」

「手なんか一度も上げたことない」

「じゃあ、何よ」

「分からない」

「分からない?そんな訳ないでしょ」

「それが詳しいことを言わないんだ」

「ああ、嫌だ嫌だ。巻き込まれるわこれ」

「そう言うなよ」

「離婚の理由が分からないじゃあ離婚しようがないじゃない。そんなこと聞かぬふりしていればいいじゃない」

「そんな度胸はない」

「だって兄さんが家を建てたんでしょ。それに姉さんは専業主婦じゃない。兄さんの稼ぎで食べていたんでしょ」

「家の金は半分は麻理が出した」

「それにしてもよ」

「最近の離婚裁判を知ってるか。妻が離婚を申し出ると、たいした理由が無くても離婚が成立できるし、家だって持っていかれるんだ」

「女に有利なの?」

「司法の世界は完全に男女同権じゃない。男が不利な世の中なんだ」

「詳しいわね。離婚されることを見越してたの」

「そうじゃないけど、何かで読んだことあるし、知り合いがひどい目に会ってる」


妹の石神紀子は兄の告白にうんざりした表情になった。

男と女のややこやしい人間関係が嫌で結婚しなかった女であるから、男と女にある機微には無頓着だった。


「まあ、今日はショックで疲れてると思うから、ゆっくり寝て、明日じっくり相談しましょ」

「ありがとう」


妹が独身で良かったと義男は胸にしみた。

十年くらい前は、娘の行く末を心配した両親に同調して、無理矢理結婚させようとしたのだが、今となっては妹が独り身で、頼りになると安堵していた。

身勝手な話ではあるのだが。


義男は和室に布団を敷いてもらって、眠りについた。

今の自分の状況を思い浮かべながら、これは現実なのだろうかと深く慟哭しながら。



⑦に続く。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る