第5話

その夜、帰宅すると家族の態度が一変していた。

義男は戸惑い、怒り、取り乱しそうになったが、入浴中に少し心が落ち着いた。

女の一時的な感情なのだろう。

そういう生き物なんだ女は。

そう考えた。

眠れないかとと思ったが、いざベッドに入ると意外とすぐに眠れた。



翌朝。




義男がリビングに行くと、妻が待ち構えていた。

「子供たちは?」

「もう学校へ行きました」

なんだ、しゃべってくれるじゃないか。

やはり昨晩は一時的なものだったか。

テーブルには朝食が並べられていた。

味噌汁を運んできた妻が一言言った。

「今夜、お話があります」

「なんだよ、改まって」

妻は何も答えなかった。

気がつけば、まだ義男の顔を一度もまともに見ていない。

言葉は発したが、目は義男以外のものに向けられていた。

「ああ、早く帰ることにする」

義男はそそくさと食事を済ませ、家を出た。



ー一時的なものではなさそうだ。大変なことになりそうだー



胸が高まった。

もしかして、妻に好きな相手が出来て離婚してくれというのではないか。

でもそれなら娘たちを巻き込むことはないだろ。

いくら、世の中の娘たちはいざとなれば母親の味方をするというけど、不倫の母親の味方をするのだろうか。

一人っ子ならまだしも、三人も娘がいて、三人とも不倫の母親の味方をするだろうか。

一人くらい「お父さんが可哀そう」というのがいるだろ。

勤務中もそのことばかり考えていた。



帰宅する時間が来て、駅から家までの道のりがいつもの倍、いや三倍くらいあるような気がした。

足が重たかった。

家に入り、リビングのドアを開けると妻がソファに座っていた。

「おかえりなさい」

「ただいま。ご飯食べるかな」

「そのまえにお話を」

妻は今度は義男の顔を正面から見据えていた。

今まで見たことも無いような鋭い視線だ。



「離婚して欲しいんです」



頭を深く下げた。



「どうしたんだよ」

「・・・・・」

「浮気か」

「・・・・・」

「それしかないだろ」

「違います」

「昨日は娘たちも様子がおかしかったけど、あいつらも知っているのか」

「もちろんです」

「もちろんとはどういうことだ。俺が何か悪いことをしたのか」

「違います。でも、そうとも言えます」

「何だって。訳が分からない。理由を教えてくれ」

「上げればきりがありません。積み重ねです」

「それじゃあ、答えにならないじゃないか」

「子供たちとも話し合い、離婚してあなたと離れようという結論になりました」

「意味が分からないよ。どんだけお前たちに悪いことをしたというんだ。俺は人に後ろ指を指されるようなことはひとつもしていない」

「・・・・・」

「俺が納得する理由を聞かなければどうしようもないだろ」

「・・・・・」

「娘らはどうした」

「あなたとの話し合いが終わるまで帰らないように言ってあります」

「そんなことするんじゃないよ。俺はあの子たちの父親だぞ」

「・・・・・」


義男はまだ信じられなかった。

どうして家族は自分をいきなり敵視したのだろう。

本当に訳が分からない。

妻は義男が知りたい理由になると何も答えなかった。

とりあえずいたたまれない気持ちが突然湧き上がってきた。

義男はソファから立ち上がり、かばんを持って駆け出すように家を出ていた。

頬には涙が伝わっていた。

「俺が何をしたんだ」

その言葉を何度も口のなかで叫んでいた。




⑥へ続く。





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