第3話
義男が会社から帰宅してから、妻の麻理は一度も義男の顔を見ようとはしなかった。
義男が食事を終えて麻理の隣に座ると、すぐに席を立ち流しで洗い物をすませると、すぐに二階に上がってしまった。
三女の優花は学校から帰宅すると、自室に入ったまま出て来ない。
「どうなってるんだ。今日はどんなことがあったっていうんだ」
義男は怒りと不安で頭がぐるぐるとしていた。
何がなんだか分からなかった。
「働いて帰ってきた亭主に無愛想をして嫌な気分にさせて何がうれしいんだ」
声にもならないような声を振り絞った。
だが、妻と三女がいる二階からは物音ひとつしない。
不気味なくらいだった。
専業主婦である妻に何が起きたのだろう。
三女は学校で嫌なことがあったからひとりになりたいのかも知れない。
今日は妻はどこかへ出かけ、そこで嫌なことがあったのか。
それしかない、そう思った。
義男は妻を怒らせる理由は思いつかない。
最近夫婦喧嘩をしたのは数年前だ。
会話は子供のことくらいだが、口を聞かないことはない。
今日は確かに「行ってくる」くらいしか言葉を発していないが、珍しいことではない。
義男はいくら考えても妻の無愛想な態度の理由が見つからなかった。
気がつけば午後九時をまわっていた。
「カチッ」
ドアの鍵を開ける音がした。
長女か次女か。
リビングのドアを開けたのは長女の瑠華だった。
「ああ、おかえり」
義男は長女に声をかけた。
長女は疲れた顔をしていた。
目を一瞬義男に向けるとくるりと背を向けた。
「ママ、ご飯たべたい」
二階に向けて声を出した。
二階から妻が降りてきた。
まだ義男を見ない。
妻はキッチンでそそくさと長女の食事を用意した。
「バイト早く終わったの?」
「うん、本当は十時までだったんだけど、来ないはずのバイトが来たから、今日は帰ってくれだって」
「時給を減らそうというわけね」
「そうなの、汚いわよね」
「辞めたら、そんなバイト」
「でもねー、慣れてきたし」
なんだ、普通に会話してるじゃないか。
妻は自分にだけ本気で怒っているのか。
長女も自分の顔を見ないし。おかえりの返事もない。
いったいどうしたんだ。
長女の瑠華は、義男に背を向けたまま食事をとっていた。
義男はテレビの方を向いたまま声を出せないでいた。
心は動揺しているどころではない。
「私も食事にする」
三女がリビングのドアを開けた。
義男はもう声をかけられない。
長女は、10分もしないで食事を終え、二階の自室に上がっていった。
義男には一言も無しだ。
三女は義男のほうを向いて食事をしているらしいが、義男に何か言うことはなかった。
妻の麻理は義男に背を向ける位置に座っていた。
「今月はテストがあるよね」
「うん」
「数学大丈夫なの」
「何とかなるよ」
義男は耐えられなかった。
「数学で分からないことがあれば教えるぞ」
三女に振り向いて義男は言葉をかけた。
三女は義男のことを一瞬見たがすぐに持っている茶碗に視線を落として黙った。
「ただいま」
次女の瞳が帰宅した。
リビングのドアを開けて妻と目を合わせただけですぐに二階に上がり、数分後に降りてきた。
妻は次女の食事の用意をして食べさせていた。
次女も義男には声をかけなかった。
義男は泣きたいくらいの気持ちになった。
堪えきれないものが胸に迫ってきた。
「どうしたんだ、お前たち」
義男に背を向けた妻も次女も完全に無視した。
そこにあるものすべて投げつけたい衝動に駆られた。
③に続く。
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