第2話
川村義男の今日の業務は凹凸のない、平凡とまでは言えないが、当たり障りのないフラットなものだった。
午前中は研究所へ自宅から直行し、打ち合わせをした後に本部に上がった。
お昼過ぎだった。
昼食がまだだったので、ひとりで社食に行ってランチを頼んだ。そこで、同期で総務部の係長をしている大泉と会い会話した。
「どう、娘さんが続けて大学受験じゃないのか」
「そうなんだよ。一年おきだけどな。学費でまいってるよ。うまくストレートで入ってくれれば良いけど」
「うちはひとりだから楽だったけど、お前の家は三人だからな」
「もう俺に小遣いはないよ。部下と飲みにもいけない」
「まあ、頑張れよ」
お互い、もう出世の目処はないし、社内の派閥に汲みすることもないので話すことは子供のことくらいしかない。
午後は社内でルーチンをこなして定時に帰宅となった。
そんな日は珍しくない。
営業の最前線ではないので、暇といえば暇な部署だ。
主に、研究開発部と営業の仲立ち、連絡調整が主な仕事だから、各部署に信頼されていればなんとかなる。部下も三人しかいない、気楽といえば気楽な部署だった。
帰りの電車では、酒臭いサラリーマンもいなくて、快適な帰宅だった。
駅からの帰り道でも、おみやげにケーキを奮発するほど気分が良かった。
駅から歩いて10分ほどかかる自宅に着いたのは午後7時すぎだった。
鍵を出してドアを開ける。靴を脱ぎ、まず浴室にある洗濯機に靴下を入れる。
数年前からの習慣だった。
「お父さんの臭い靴下をそのままにしないで」という娘の言葉でそういう習慣になった。
それまでは、靴下が嫌いだったので、玄関に脱ぎっぱなしにしていたのだ。
リビングのドアを開ける。
食卓には義男用に食事が並んでいた。
魚の煮物と野菜サラダ、味噌汁と納豆。
「ああ、うまそうだ」
義男はたまに妻用のお世辞を言う。
たまに本当に旨いこともあるので、まんざら嘘でもない。
リビングには妻しかいなかった。
テレビを見ている。
義男に振り向かない。
テレビを無表情で見つめている。
ー機嫌が悪いかー 義男はそのまま黙って食事を食べる。
いつもなら「ビール飲む?」とか聞くのだが、それもない。
相当機嫌が悪そうだと義男はちょっと嫌な気分になった。
せっかく平穏無事な一日が終わって帰ってきたのに、そう来たかと思った。
食事が終わって、食器を流しに持っていく。
妻はまだ義男に顔を向けない。
さて、どうしようか、妻の横に座ってテレビを見るか。話にくい雰囲気だから、自分からは話かけれない。
むこうから話て来るのを待つのが無難だろう。
義男は妻の隣に座った。
すると、妻は義男をまったく見もしないで席を立った。
流しに向かい、洗い物を始める。
まったく無表情だ。
ー相当なことがあったのだろうかー
義男は黙ってテレビを見た。
テレビではつまらないバラエティ番組が流れていた。
義男は番組どころではない心境になっていた。
妻の態度が明らかに違う。
恐いくらの冷たさを感じた。
流しで洗い物を済ませると、二階へ上がって行った。取り込んだ洗濯物を取りにでも行ったのだろうか。
ーどうすんだよ、一生懸命働いて帰って来た旦那にこんな嫌な気分にさせやがてー
義男はだんだん怒りが沸いて来た。
「ただいまー」
三女が帰ってきた。
部活のために帰るのはいつも八時過ぎになる。
三女はそのまま自室へ上がり、着替えてからリビングに下りてきて食事を取る。
久しぶりに学校のこととか聞いてみるか、そう義男は思った。
だが、三女は10分経ってもリビングに下りては来なかった。
③に続く。
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