第12話 見て見ぬふり――アオイ
カエデからスマホにLINEが入った。
こんなことは滅多にない。
わたしはトイレに行っていて直レス付けられなかったことを死ぬほど後悔しながら、LINEを開いた。きせかえのキキララが微笑む。
ピンクとパープルのスイートな雰囲気が好きでこのきせかえを買った。ピンク一色のマイメロと相当迷ったんだけど、ちょっぴり大人っぽいキキララを選んだ。パステル調で、男の子から見てもたぶん女の子っぽい。
トークの一番上にカエデのアイコンがあって、うっとりする。やっぱりここにはカエデのアイコンがあるべきだ。何と言ってもわたしはカエデの彼女なんだし。カエデにはわたしの他に代わりはいないんだし。
「?」
『困るから勝手にうちに二度と来ないで』
……。困る? そんな素振り、今まで見せたことはない。
別の女がいるの?
でもわたしはほとんど毎日、カエデに会っている。他の女が横取りする隙もないくらいに。
……? わからない。
どうしてそうなるんだろう。
あ、ひょっとして宿題が終わらないのかもしれない。カエデはわたしより成績がずっといいからそんなことで困るなんて考えたこともなかったけど、カエデだって時間が足りないこともあるかもしれない。
カエデは来年、3年生になったら進学クラスに入りたいと言っていた。宿題以外にも勉強する時間が足りないのかもしれない。
何と言っても、わたしたちは会えばしてしまう。そういう仲だから離れ難い。カエデだってわたしと肌が離れるのは辛いだろう。だから、あんなつっけんどんな物言いになるんだ。
それにLINEなんて文字だけだし、カエデのLINEはスタンプも絵文字も顔文字さえないんだもん。冷たい印象を受けることもあるだろう。
なんだ、ビックリした。
驚いたわたしがバカだった。
カエデを一瞬でも信じられなかった自分が恥ずかしかった。
翌日、午後イチにカエデの家に行く。
午後イチの理由は、お昼ご飯のことでカエデに気をつかわせたくないから。だから、13時きっかりにカエデの家に着くように向かう。
ピンポーン。
呼び出し音が鳴る。家の中からパタパタと音がして、カエデの声がする。わくわくする。
「来てんじゃねーよ」
ガチャッ、と音声が途切れる……。
なんで? 昨日までは普通にドアを開けてくれたじゃない? 「また来たの?」って中に入れてくれたじゃない? 部屋に入ると熱烈な長いキスをいつもしてくれたじゃない?
わたしたち、ほとんどそのために会ってたじゃない?
愛してるから。わたしのこと愛してるからめちゃくちゃにしてくれてたんでしょう? 知ってるから、受け入れたのに。なんでそういうこと言うの?
気がつくとわたしはカエデの家のドアフォンを無表情に連打していた。
右手の人差し指は力の入れすぎで反対側に反り返っていたけれど、不思議と痛みは感じなかった。爪の先が白っぽくなる。指と爪の間が離れそうになる。
なんなんだ一体。何をしてるの、わたしは。ぐちゃぐちゃに汗をかいた顔に、涙が大雑把に流れて広がっていく。
「アオイちゃん」
なんて幼稚園の時に呼んでくれたりはしなかった。そんなのは甘い妄想だ。カエデは他人に興味が無い子供だった。カエデの興味を引いていたのはたった一人、一つ年上のお姉さんだけだ。
……。
ピンポーン……。
間延びした音が響いて、わたしの指は壊れる前に止まった。よかった、爪が剥がれてたりしたら、めっちゃストーカーっぽい。その前に終わりにできて、わたし偉い。
そっか、お姉さんか。一つ年上のお姉さん、なんて言ったっけ……ああ、「ツバキ」さん。カエデにそっくりの真っ白い肌に黒い長い髪。切れ長の涼し気な目元に、グロスを塗らなくても紅い唇。
思い出した。
カエデは「姉ちゃんは予備校の夏期講習に行ってる」と言っていた。わたしたちのこと、バレたのかな……? 毎日、お姉さんのいない時間に会ってしてること、バレたのかな? それとも、お姉さんの講習は前期が終わって一日中、家にいるのかもしれない。それならわたしが上がれないのも納得だ。
そうだ、きっと。お姉さんのことが原因で、わたしはカエデの家に上がれないんだ。
考えてみたら
『来るな』と言われたからビックリしたけど、それならカエデに会いに来てもらえばいいんだ。
うちだって大丈夫。
カエデが来た痕跡さえ残さなければ、毎日だって大丈夫。もちろん外で会ってもいいんだし、たまにはデートだっていいかもしれない。
そう言えば、こんな関係になってから外で一度もデートなんてしたことがなかった。毎日がお家デートだから、気にしたこともなかった。
何だか胸の奥につかえているものがある。
それを取り出したら良くない気がして、見て見ぬふりをする。
今日はとりあえず家に帰ろう。
泣いちゃったからきっとメイク流れちゃったし、カエデだってあんなひどい言葉使いをして反省してるかもしれない。時間が解決してくれることもある。
大丈夫、今まで愛されてきたことを忘れなければ。平常心、平常心。
カエデにはわたし以外、いないんだもの。
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