演技そのなな! 演技開始一話前!
『先に断っておきますが、私も視聴者の方々と同じ気持ちです。信じ難いでしょうが敢えて明言しましょう。たった今ご覧頂いたVTRの一部始終はノンフィクションです。繰り返します、ご覧頂いたVTRの一部始終はノンフィクションです。当局が放送致しました映像には、一切の加工や修正は施されておりません』
『えー………これは本日午後1時頃、東京都渋谷区にある渋谷駅南口の交差点で、一般の方に撮影された映像でして、多くの人が同様の出来事を目撃しました。これは………なんと言えばいいのか………ほんとうに現実に起こった事件、いや事故………? 失礼しました、仮にこれを事件と称しますが、この事件は現実に起こったものなのでしょうか?』
『いやぁ………流石にこれはナイでしょぉ? CGとか集団幻覚か何かでしょうこれは。いくらなんでも有り得ませんって。まずあの………なに? テレビでこの発言が適当かは分かりませんが、グロテスクな黒い化け物からして有り得ませんよ』
『恐竜みたい、でしたね』
『神話上のヤマタノオロチみたく、八本の尻尾と首がありますね。しかし八本も首があるのに頭は一つ。しかもそれは蛸みたいな頭で、トゲトゲの背ビレもあり、50メートル以上はありそうな巨体よりさらにデカい蝙蝠みたいな羽根まで持っている。はっきり申し上げまして、あんなのを恐竜だなんて言えないでしょうよ。だいたい生物学上の見地から見ましてもね、あんな化け物みたいなのがこの世に存在するわけがない』
『まあ………そうですね』
『というかあんなにデカいのに、普通に飛べてる………いや浮いてる? うん………浮いてますね。あんな巨体で空中に浮けるわけがない。おまけになんですかあれ。魔法少女、って奴ですか? 10代半ばかそれ以下の女の子が飛んだり雷出したりとか………アニメじゃないんですよ? あんなのが現実のものだって言うなら、なんで今までそれらしい目撃情報が上がってなかったんですか?』
『テレビで口にするのは恥ずかしい名称ですが………あの魔法少女、実は前日にも目撃情報が上がってますよ。なんでも昨夜、原因不明の事故で大型車の運転手を救出して、救急隊員に身柄を預けると忽然と消えてしまったとかなんとか………』
『はあ? だとすると、随分と手の込んだドッキリとかなんですかねぇ………救急隊員もグルだとしたら嘆かわしい限りですよ』
『………あのな、あんたはさっきから何を言ってるんだ? これは現実のもんでしょう。現に多くの目撃者が出てる上に、渋谷駅前の交差点は実際に被害が出ている! 道路は陥没したり罅割れてるし、付近のガラスは全滅してるんだぞ。CGとか集団幻覚で片付けられる問題じゃない!』
『じゃあテロか何かなんじゃないですか? 集団幻覚を引き起こしつつ、爆弾でも使ったんでしょう』
『馬鹿げてる! もっと真面目に考えたらどうなんだ?』
『はぁ………あなたは馬鹿げてると言いますがね、こんなものを現実のものだと思えって言うんですか? お約束の議論なんかできる余地はないでしょ』
『幻覚が映像に残るわけないだろう!?』
『だから撮影者もグルじゃないかって思いますよ。映像を自前で加工でもなんでもして、それっぽくしてるだけに決まってます。現実的にものを考えれば誰だってそう思いますって』
『撮影者に無駄な疑いを掛けるなんてどうかしてるぞ、無責任に喋ってんじゃない!』
『だったらどうやったら説明がつくか教えてもらいたいものですねぇ。ええ? どうなんですか――――』
† † † † † † † †
「………」
スマホの『あなたちゅーぶ』で、喧々諤々としたニュースの模様が流れていた。
娘と母の再会を喜び合う声をBGMに、俺はそれを呆然と眺める。アマツちゃんも覗き込んできていて、真剣な面持ちでスマホの画面を見詰めていた。
………え、なにこれ? なんて間抜けな感想はない。見りゃあ分かる、これはあれだ。今日の昼のアレと、昨日俺が無事死亡した事件に関してのニュースだ。
仕事早ぇよテレビ局。昨日の今日のことだぜ? なんぼなんでも早すぎるっちゅうの。まあテレビで取り上げられるだろう事件なのは明らかだから、そんなに驚きはしなかったけどな。
『人に目視されていたし、そんな気はしていたけど。スマホのカメラとかにもしっかり映っちゃってたみたいね』
俺はアマツちゃんの囁きを意図的に聞き流して、それとなくスマホをテーブルに置くとトイレに入る。帰ってきたばっかりで、まだ制服から着替えてもなかったからだ。
お袋にタクシー運転手の制服は見られたくない。幸い娘がお袋の意識を引いててくれたおかげで気づかれなかったし、パパッと着替えてしまおう。こう、魔法で。
トイレの中でジャージ上下の普段着に変更してみる。普通にスゲェ。何が凄いって普通に魔法を使えて、普通に魔法で誤魔化しゃいいやみたいに思いつけるのがスゲェ。俺の適応力も案外捨てたもんじゃないのかもしれん。もう思考停止して魔法すげー! って思っとくしかねえな。
「なあ、
トイレへ引きこもりついでにプチ作戦会議。
俺としちゃあ別に危機意識も何もねえが、これってマズいんじゃないかって思いはする。
何せコメンテーターの某氏が言ってたように、今の今までずっと陰ながら戦ってきたらしいアマツちゃんだ。こうして表沙汰になるのは避けたい事情でもあるかもしれない。
そう思って一応気を遣ったわけだ。
『どうしようもないわよ。それより見た? あのカメラマン、もとい撮影者、いい腕してるわね。私の凛々しい表情がしっかり映ってるじゃない』
「テレビに映ったからって浮かれてんじゃねえよ」
が、とうのアマツちゃんはまるっきし気にした様子がないばかりか、予想外に良かったテレビ映えに興奮している始末である。
機嫌の良さが反映される仕組みなのかは知らんが、頭についてる蝶々の触覚と背中の羽根がピコピコ動いてたりする。今に鼻歌でも歌い出しそうな調子でアマツちゃんは言った。
『いまさらジタバタしてどうこうなる話でもないでしょ。なら楽しまなきゃ損ってものじゃない。しょうもないこと言ってないで感想でも言ったら? ほら、幸次郎。あのストリゴイが地上に迫った時、盾を出して防いだ時の凛々しい私の顔見た? まるでアニメの主人公みたいね』
「みたいね、って完全に浮かれてますねこれは………なんなの? そんなにテレビに映れたのが嬉しいの?」
『嬉しいわよ。やっぱり裏で戦う正義のヒーローより、注目を浴びて騒がれるヒーローの方がモチベーションも上がるわ』
「清々しいほどに俗っぽいなお前………見た目の神聖さとかと全然違ぇな」
『俗物結構。知られちゃったからには仕方ないじゃない。それに現行の科学技術なんかに、私や今の貴方をどうこう出来る訳がないし、仮に身バレしても怖がる事なんかないわ』
俺は身バレしたくありませんねぇ、と溢しつつトイレから出て手を洗い、台所に戻る。アマツちゃんが事の次第を深刻に捉えてる様子がないから、俺も安心した。
てっきり公に知られるとなんらかのデメリットなり罰則なりがあるんじゃないかと思ったが、そうでもないようだ。じゃあなんで今まで存在を伏せていたのかって話になるが、そこは別に気にする必要はないんじゃないかって思う。必要に迫られたら教えてもらえるだろ。
とりあえず野菜とか洗って、早速カレー作りを始めた。が、玄関から上がってきたお袋が肩を叩いてくる。
「幸次郎さん。せっかく母さんが来たのに挨拶もせんといきなり手洗い場に籠もって、やっと出てきたぁ思ったら、ウチを無視して料理し出すなんて何考えとるんよ?」
「んぁ? あー………お久し振りですお母様、とか言やぁよかったか? ってか今更挨拶とかに気ぃ遣うタマじゃねぇだろ。晩飯作んのに忙しいんだから邪魔すんな」
「あーらら………なんやのこの子。ほんま呆れたわぁ」
露骨に嘆息なんかしちゃって、お袋は呆れ顔だ。俺としちゃあ四十路越えのオッサンが、いちいち自分の母親と再会するたんびに大袈裟に喜んだり歓迎したりする方が可笑しい。
別に雑な対応をしてるからって仲が悪いわけでもなし。別にええやん。
しかし、本当にお袋の京都弁を聞くのは久し振りだ。昼前にタクシーでエンカウントした事はノーカウントにするとしても、耳障りがいいイントネーションである。お袋の京都弁を聞いた元嫁のアナがすっかり気に入っちまって、それがアヤに引き継がれたんだから因果を感じなくもない。
ひょい、とお袋は俺の手元を覗き込んで嫌な顔をした。
「まだカレー漬けの毎日なんやねぇ………晩御飯の用意ならウチがやっといてあげるから、幸次郎は綾子ちゃんと話しといてあげなさい。滅多に会えない自分の娘なんやから。ほら!」
「はいはい」
ドンッ、とデカいケツで押し退けられる。俺は苦笑してお袋に台所を譲った。
お袋のより俺のカレーの方が旨いが、お袋のも悪くはない。上から目線っぽい言い方だがカレーだけは誰にも負けん自信があるのだ。
でもまあせっかく気を遣ってもらったんだし、お言葉に甘える事にする。俺もアヤとの時間は大切にしたいしな。
「あれ? パパ、いつの間に着替えたん?」
「男の着替えなんざ一瞬で終わるからな。気にすんな」
「ふーん………あ、そうや。動画見たよね」
「おー見た見た。なにあれ? 映画か何かのPV?」
テーブルの方に行くと、アヤが早速といった様子で訊ねてくる。俺がすっとぼけながら返すと、にへらとだらしのない笑顔を浮かべて自慢してきた。
「映画やないよ。あれほんまにあった事なんやぇ。ウチ、ちょーどあっこにおってね。あの子と目と鼻の先で目ぇ合ったんよ! なんでかウチの名前知っとったけど………ほんまキレイな子やったわぁ」
「ほぉ………」
知ってる。体の自由が利かなかった上に、ほぼ意識なかったが、俺がアヤを見落とす事なんざ有り得ん。うっかりアヤの名前を溢してもうたのをよう覚えとるわ。
アヤの対面の椅子に座って、頬杖をつく。流石に物分り良すぎる態度は取れない。心苦しいが疑ってみせた。
「つってもだ、本当に見たのか?」
「むっ。パパ、ウチの言うこと疑うん? ウチはホントの事しか言わんよ!」
「そうは言ってもなぁ………」
頬を膨らませるアヤの態度に内心ほっこりしながらも、俺はあくまで常識的な態度しか取れない。
だって考えてもみろ、なんぼなんでもすぐ理解示したら胡散臭いし、あれ実は俺やねんとか言えるわけあるか。洗いざらい事情を話して証拠見せて、信じさせる事が出来たとしてもアヤはショックだろう。実の父親が魔法少女になってるとか嫌に決まってる。
というか俺も嫌だ。魔法少女になっちまったって事を、アヤとか身内にだけは絶対に知られたくない。これは誰にも報せずに墓場まで持っていく覚悟だ。
「嘘やと思うんならアーサーさんにも訊いたってぁな! アーサーさんもウチと一緒におったんやぇ? アーサーさんと口裏合わせてまでこんな嘘吐く理由なんかないもん!」
「アーサーもいたのか。うーん………信じ難いが、そこまで言うならホントなんだな。………けどなぁ………いくらなんでも現実離れし過ぎだろ」
「ほんまにすごかったんよ! あの黒くてでっかいのを、こう、びゅーん! ってやっつけたんや! ………まあウチも実際に見てなかったら信じられへんやろぉし、パパの気持ちも分かるけど。………でもほんまなんよ!」
「………すまん、俺こういう時、どういう顔したらええか分からんのや」
「むぅ………笑えばええんちゃう?」
顔を見合わせて間を合わせると、「わははは!」と二人して笑った。
アヤは天使やなぁ。ほんま可愛いわ。話のネタとして引っ張ってきただけで、本当は俺が信じないと思ってるんだろう。だからこうして冗談めかしく合わせてくれる。
でもまだ15歳だ。どうしても誰かに言いたかったに違いない。そりゃあ、あんな衝撃的なもんを間近で見ちまったら、俺だって似たような事はするだろうけどな。あれ実は俺やねんとか言えるわけない。すまんなアヤ………赦してくれよ。
でも、いいなぁ。自分の子供とこういうふうに話し合わせられるってのも。
俺のせいで要らん苦労してるだろうに、こんないい娘に育って誇らしいやら、俺の知らんとこで成長してるのが寂しいやら。
アヤの言う通りだ。アナの奴に詫び入れて、やり直させてくれってまた拝み倒したい。また一緒に暮らしたい。俺にもう一度だけチャンスをくれって言いたい。
いや、言いたい、じゃない。言おう。まるでダメな親父である俺だが、また3人で………産まれる時に流れちまったアヤの妹も数えて4人で、やっていきたい。
そのためにも作戦を立てよう。アナの奴はロマンチックなシチュエーションに弱い。なんとかしてアナが首を縦に振るように仕向けねば。四十路のバツイチのオッサンでも、まだまだ人生やり直せるはずなんだ。
『――――あっ』
と、アマツちゃんがアヤの頭の上に寝っ転がるのを見咎め、この野郎ぶっ飛ばすぞと睨みつけたくなるのを堪えると、不意にアマツちゃんが声を上げた。
なんだよと視線で問うも、アマツちゃんに遅れて俺の方にもビビッと来る。
………え、なにこの電波的な何かは。例えるなら脳天から一本の杭に突き刺されて、股の下まで貫通されて串刺しにされたような感じだ。けど痛くない、痺れているだけ。だがメチャクチャ不快だ。おまけにもう一つ例えを出すと、ふとした拍子に目の前をゴキが横切った感じでもある。
「? パパ、どないしたん?」
「あっ、ちょっ………待っ!」
怪訝そうなアヤに反応できず、俺の体が突如として不随意状態になる。これ知ってる! 昼間ん時に強制的に変身させられたアレや!
って言ってる場合じゃねえ! え? なんなの? 本日二度目ですかぁー!?
時と場合も事情も考慮せず、勝手に魔法少女アマツに変身しようとする体を気合で捻じ伏せ、俺はトイレに駆け込むが如く勢いよく立ち上がると大声で宣言した。
「ちょっ、ちょっと買い忘れてたもん思い出した! すまんが少し出てくる!」
「え? ちょっとパパ? そんな格好で出るなんて恥ず――――」
咄嗟だった。巧い言い訳も出来ずに玄関に向かい、靴を履くとドアを蹴飛ばすようにして外に飛び出る。アヤとお袋の制止に耳を貸す余裕はない。
――――せっかく帰ってきたばっかりだってのにぃ!
腹立たしいやら恐ろしいやら。体が勝手に動くのは怖くて怖くて堪らない。
なんとかアパートの裏まで走るも、もう限界だった。俺の意思に反してオッサン形態を解除すると、高天原天津の姿に立ち返ってしまった。
「ク、ソ………ッ!」
『ストリゴイが出たわ。この感じ………北ね』
吐き出す悪態は美麗な音色だ。忌々しい事この上ない。
叶うのならもう二度とこの姿にはなりたくなかったが、それが叶う事のない望みなのは分かっていた。でも今でなくてもいいだろ、もうちょいインターバルを空けてくれてもいいだろ!?
背中から魔力が出てくる感覚。羽根が生えたのだ。そして体が浮く。足が地面から離れ、急上昇して高度を上げると、俺は抵抗を諦めて使命に駆り立てられていく。
「チクショウ、人がせっかく決意固めてたとこだってのに………! しかもお袋はともかく、アヤといられる時間は限られてんだぞッ!」
『ごめんなさい』
「謝んな、もう割り切ってんだこっちは! しゃあねぇからチャチャッと片付けてソッコー帰ってやるよ! で、アマツちゃん北って一口で言ったって、それはどこなんだよ!?」
『………ここから約1280Kmってとこかしら』
「はあ?! それってまさか、俺が飛んでくとこって――――」
喋れたのはそこまでだった。グンッ、と一気に加速して音速の壁を突破したのだ。
あまりの高速で絶叫してしまう。そんな俺に、アマツちゃんは端的に告げた。
『行き先は、北海道よ』
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