まじっくがーる・ろーるぷれいんぐ!
飴玉鉛
演技そのいち! 幸次郎(38)死す
世界保健統計によると、男女含めた日本人の平均寿命は約83歳だという。
そして日本人が約83年生きると、驚くべき事に交通事故へ遭う確率が約36%にまでのぼるらしい。
ブルっちまいそうなほどにおそろしい数値だ。道理で朝にテレビを点ける度に、交通事故を取り扱ったニュースが目に入るわけである。
せんまい日本列島の中に一億人もいる人の生涯を横並びにして、毎日約36%のランダムスイッチが押されているなら、そりゃあ交通事故が頻発してもおかしくない。お偉い神様仏様が、なんかの間違いを犯すまでもなく普通に死ぬる。死ねるじゃなくて死ぬるよ。
赤信号、みんなで渡れば怖くない? 怖いわアホ! 交通事故舐めんなや! やや心配性の気がある俺としては、車がブンブン走ってる車道の近くが怖くて怖くて仕方ない。だって俺が気をつけてても、死角からぶっ飛んでくる車とか避けようがねぇもんよ。
歩道歩いてりゃ事故との縁なんざナッシングなんて、そんなこたぁありえません。歩道に突っ込む車両ってのが数年に一台は現れてる現代社会、お車には気をつけないとね。運転手さんは特に。………うん、俺の事だ。何を隠そうこの俺、瀬田幸次郎はタクシー運ちゃんなのよね。
――じゃあ交通事故とかの人災はいいとして。いや
どこで聞き齧ったかは覚えちゃねぇけど、確か大雨で家が
ひぇぇ………こっわいわぁ。何が怖いって俺、首都圏の人間なわけでしてね。上京してからこっち10年そこらの、
んで。
天災に被災する確率ってのは、地震除きゃあそんなに高くない。
でもさ、大方一億そこらの人が日本には住んでるわけだ。一億も人がいたら………その内の一人にぐらい、信じらんねえ
ほんで………聞いて驚け。聞かせる相手なんざいねぇけど、そんな不幸と踊っちまったのがこの俺だ。
信じらんねぇよ。こんな事、有り得ていいのか? 笑っちまうよ、だって俺………
お仕事終わってコンビニ寄って、ビールとおつまみ買っていざ帰宅。真冬だからね、夏だと明るい夕方も、辺りはすっかり真っ暗で。街灯の明かりで道が照らされててさ。おぉ寒ってジャンバーに手を突っ込んで歩いてたわけよ。
踏み切りの傍を通りかかってね、通り過ぎていく電車横目にさ。明日も仕事かぁだりぃなぁなんて思いながら歩いてたんだ。
仕事で車運転してんだ。運動不足とかで中年太りとかしたくねぇし、会社からやっすい家賃のボロアパートまで歩いてるわけだよ、ほぼ毎日。そしたら親方! 空から
おっかしいわぁ、今日の天気予報じゃ暫く晴れ模様って聞いてたんだけどなぁ。車降ってくるとかお天気お姉さん言ってなかったぞ。というかだね、車ってのは地面を走るわけよ。なのになんでお空を飛んでるの? これがほんとの交通事故かアハハってやかましいわ!
「あ、ちょうちょ」
別に現実逃避してそんな事を言ったわけじゃない。ほんとに見たんだ、ちょうちょ。こう空飛ぶ車が、スローモーションで俺の真上に落ちてきてる時に、ほんのり青く光ってる蝶々が見えた。よっぽど命の危機って場面なのに、俺ときたら摩訶不思議な光る蝶に気を取られてしまったわけなのだ。
それで終わりだった。終わってしまいました。我、瀬田幸次郎、享年三十ピー歳。そこそこ楽しいバツイチ独身生活に終止符を打たれ申した。
ぐちゃ。
こんな肉袋の潰れる音、ワイは自分の体からは聞きとうなかった。アホ丸出しな雑念垂れ流して、そんでそのまま死ぬなんて嫌過ぎる。
別れた俺の元嫁はんに連れて行かれたマイ・エンジェル、来年で花の女子高生になるってぇのに………もうすぐ会えるはずじゃったのに………無念よなぁ。あーあ。
『――――ごめんなさい。私の力不足で、貴方を巻き込んでしまったわね』
「………ぁあ?」
転瞬。
確実に死んだはずの俺は、炎に呑まれた大型タンクローリーのすぐ下で目を覚ました。
え、ぃゃ、ちょ、えぇ………? 俺は訳が分からず声を上げる。遠くで消防車やら救急車やらが、サイレンを鳴り響かせながら近づいて来てるけど、そんなものに気を回す事もできずに俺は狼狽えた。
だってそうだろ。流れで言やぁ「俺の真上でタンクローリー燃え盛り、炎に巻かれて焼死体」………ってのが正しい。自分が生きてる事の喜びよりも、体験中の不可思議の方に気を取られてしまう。
あんな何十トンもある大型車両に、意味不明ながらも圧し潰されて。あまつさえ爆発からの炎上コンボをかましたタンクローリーの真下で。どうしたってこの俺は生きてるんですかね。あ、もしかして俺、もう死んでたり? そんで頭ん中に響いてくるようなこのお声は、あの世に俺を連れて行く天使か何かのものなのかな?
『多分、上手くいったはず。上手くいってないなら貴方は死んで、私の声も聞こえていないはずよ。だからもし私の声が聞こえているなら、落ち着いて私の話を聞いて』
「ぁ………は、ぁ? な、なんだこの声、ぇぇえ? ちょっ、なんだこりゃあ!?」
通信的会話を試みて来ているのではなく、決定事項を一方的に通達して来ているような声に、戸惑いの余り思わず呟いて。自分の口から出た声が、頭の中に響いている声と全く同じであるのに気がついたからさあ大変。俺の周りだけ火の手が避けて、酸素が蒸発して息が苦しいはずなのに不都合がない。
それだけじゃない。大型タンクローリーの下敷きになって、両腕しか動かせるスペースがないから藻掻いだら。なんとこの俺のお手手が10代前半のおにゃのこ並に細くて白くなっているじゃあーりませんか。思わず叫んだ俺だったが、それは完璧に美々しきソプラノボイス。一流の売れっ子声優さんみたいなお声でありました。
『これは私からのダイイング・メッセージ。貴方との会話は成立しない。だって私、もう死んでるから。暫くしたら下界人の貴方でも信じられるように魔法を掛けておいたから、今は別に話半分で聞き流してくれても結構よ』
「待って、ねえ待って? ここはどこ、私は誰? まじで意味不明過ぎる現実に、俺の頭はショート中! 頼む、というか俺いつまで火の海の中で下敷きやってりゃいいんですかね!?」
『私は貴方の事を知らない。貴方の頭の出来も知らない。だから莫迦でも理解できるように三行でおkって具合に纏めるわ』
「あらお茶目。クールなお声に反して親切ですね………」
この時点で俺の頭はキャパオーバー。これでも頭の回転は早い方な自覚はあったが、常識外の事態に唖然呆然俺愕然。完全に頭ん中は真っ白で、思考放棄の指示待ち族。
『1、こわい怪物と戦った私無事死亡。
2、相討ちまで持っていったけどタンクローリーにぶつかった私一緒にぶっ飛ぶ。
3、巻き添えで死んじゃった貴方へのお詫びに、最期の力で私の死体に魂挿し替え。
4、私と契約して魔法少女になって? ならないと貴方も消えちゃうわ』
「四行じゃねえかアホんだら!」
あかん、ツッコんでもうた。俺、別に関西人ちゃうねんけど、若かりし頃に友から「お前の魂、関西人やねんな」って言われただけあるわ。こう、血が騒ぐねん。
それはそれとして意味わからんぞ。四十路手前のおっさん捕まえて、魔法少女になってくれだと? アホかアニメじゃねぇんだぞふざけんな。魔法少女実在説とか要らねぇから俺の体返して?
『ちなみに貴方の体は「見せられないよ!」って感じになったわ。テレビの電波に乗せられない、いわゆる「全身を強く打った」っていう暗喩と同じ状態よ』
「ミンチじゃねえか俺の体!」
苦楽を共にして種を畑に撒いて、娘二人こさえた俺の体がぁ! 細マッチョを維持し続ける苦労に、もう中年太りしてもええかな………って思い掛けてた健康体がぁ!
ぐわぁぁぁ………。
………。
…………え、何? 今返事しないとイケない系?
『後10秒。返事しないと貴方の魂が定着しないで、私の死体共々消滅するわ。ダイイング・メッセージもこのカウントダウンで終わりね。………5、4、3――――』
「ちょっ!? え、はぁぁ!? 待った待った俺消えちゃう?! 消えちゃうの!? やだやだ小生やだ! 消えたくない、消えたくないぃ!」
『――――あと一秒』
「やる! いやなります俺! 魔法少女になりましゅぅぅう!」
おっさん、恥も外聞もなく、心の中で鼻水垂らしながら叫ぶの巻。
こうして俺、瀬田幸次郎はおっさんを辞職。アングラな魔法少女職に無事就職したのであった。
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