演技そのに! 幸次郎、名案を閃く






 ――――それは爆発的な雷鳴と共に姿を現した。


 燃え盛る大型タンクローリー。騒ぎを聞きつけやってきた野次馬や、それを押しのけ消火活動に当たっていた消防隊員。原因不明、怪異な事故に怪訝な思いを胸に秘め、彼らは運転手の安否を気にかけていた。

 その時の事だ。突如として落雷が発生し、凄まじい紫電が迸って大型タンクローリーに直撃したのだ。晴れ渡る夜空にも構わず奔った雷撃に、心臓が停まりそうなほど驚くも。直後の事態に彼らは息を呑んでしまう。


 真っ二つになったタンクローリーの残骸から、一人の少女が進み出てきたのである。


 肩に掛かる黒髪は夜の星空のように煌めいて、宇宙の深淵を閉じ込めたような黒瞳は澄んでいた。炎の光に照らされた白皙の美貌は氷めいて冷ややかだが、どこか親しみ易さを感じさせる柔和な笑みを口元に刷いている。

 身に纏う同衣もまた黒。黒い袴の脇あきから覗く白い太腿が目に眩しい。ローマ・カトリックの司教が首に掛ける帯、ストラに似た紅い首帯が風に靡いていた。

 あたかもアニメキャラのコスプレのような格好なのに、彼女には完璧に似合っている。

 野次馬が事故現場の動画を撮るべく、構えていたスマホのカメラが彼女を捉えていて。スマホを持つ手が震えているのも気づかず野次馬は見入ってしまった。


 10代の前半といった幼気な少女が歩む先を、ひとりでに空けるようにして火炎が避ける。彼女は一人の男性を抱きかかえていた。恐らく大型タンクローリーの運転手だろう。紫電を纏う少女は淡々と消防隊員の一人に歩み寄り、呆気にとられて口を半開きにしていた隊員に、意識のない運転手を預けた。

 ぁ、ああ………と意味もなく隊員は返事をして、少女から運転手を受け取る。それを確かめた少女は一つ頷いたかと思うと、忽然とその姿を消した。まるで幽霊か何かのように、煙の如く消えてしまったのだ。


「な、なんだったんだ………今の女の子は」


 呆然とした消防隊員の呟きが、一部始終を目撃した人達の内心を表していた。









  †  †  †  †  †  †  †  †









 安い家賃以外に取り柄のない、ボロっちいアパートの一室に帰宅した。

 不可知モードが解けて、俺ちゃん電池の切れたガラクタみたく、ぽとりと玄関先に倒れる。


「うぼぉあ………」


 年頃の女の子みたいな外見で、潰されたカエルみたいな声を出す。


「ゆ、ゆめ………夢じゃぃ………なんじゃらこら………なして俺がまじっくがーるになってもうてるんや………」


 生死の境で選択肢なんて有って無きが如し。後先考えず結んだ契約で、うだつの上がらないタクシー運ちゃんから、見事に美貌の魔法少女に転職してしまっていた。

 見たことも聞いたこともない華麗な転身である。

 なんでか知らんが、この体………おにゃの子の修めた技術とか、魔法的な知識とか、その手の実行プロセスを完璧に理解しちゃってる。そのおかげで俺を下敷きにしてくれやがっていたタンクローリーをぶっ飛ばし、死にかけてた運ちゃん救け、その後は不可知モードで人と機械の認知を誤魔化し帰ってこれた。


「なんでじゃ………なんでオイラがこんな目に………一週間後やぞ、娘達に会うの。こんな外見で『パパだよー!』とかアホくさ過ぎてふざけんなってなるわ」


 口調が安定しない時のあんたは、色んな意味でいっぱいいっぱいって合図出しちょるんよ。………って言われた事がある。仕方ないだろ、無意識なんだから。小せえガキん頃からあっちこっちに引っ越しの連続で、大学はイギリスに留学行って。戻ってきて腰を落ち着け就職した後、嫁を貰っても落ち着かずあっちこっちに旅行した。

 色んなとこで色んな人と会って、人が好きでね、喋りまくっとったらこんな意味わからん口調になってたんや。標準語で普段は喋るけど、プライベートなんてどこの方弁だよってなるの。落ち着きなさ過ぎて嫁はんに愛想尽かされて、親権取られての離婚の後はゴッソリとバイタリティ無くしてそこそこの企業の仕事も辞めて。心機一転上京してみたら何故かタクシー運ちゃんやっており申す。

 貴方も人が変わったな、と海外留学時代に知り合った年下の友達から言われた。そりゃ変わるわ。俺の全てだったんだぞ、嫁と娘たち。

 会いに行く気力も無くして、たっくさんおった友達との交友関係も断絶した。愉快な日本語仕込んだのに、普通の日本語身につけ直しやがったアーサー君しか、今も付き合いのある友達なんざいやしない。


「………あ。そういや、アーサーの奴も一緒に会うんだっけ」


 ふと思い出す。家族ぐるみで付き合いがあった英国少年。今は英国紳士か。そいつ、俺の元嫁んとこから娘達を連れてきてくれるイイやつだった。

 どうすんの俺。どうしろっての? 今の俺、プリチィ(死語)な女の子だぞ。クール系の女の子なのよ俺。こんなナリで会えるか普通? 会えんわ。よしんば会う気になっても相手が「お前誰」ってなる。というか俺ん家に今の俺がいたら、普通に世間体が死んで警察のご厄介にやりそうでんがな。


「俺オワタんちゃうかこれ」


 ズルズルと這って敷きっぱなしの布団に辿り着き、そのまま掛け布団おふとぅんくるまってふて寝する。腹減ってるけどそれどころじゃないんよ俺。これからの事で頭ん中がいっぱいで、どうしよどうしよってたくさん考えなきゃならんのだ。

 まず仕事。明日もあるんやがどうしろっての? こんなナリで「オッス! オラ瀬田幸次郎!」とか言いつつ出勤しても誰が信じるか。むしろお前ガッコどしたんか、サボりかコラ、とお叱りを受けること必定。どうしたらええんか分からん。

 次。一週間後に迫った娘達+旧友との面会。これも同じ問題になる。事情を説明して、俺が魔法少女になっちまったって言うべき? アホ。頭のお病院まっしぐらな案件だろそれ。厨二病なのテヘ☆ って流すしかなくなる。


 詰んでる。


「………あれ? そういえば俺、なんで魔法少女になったんだっけ………?」


 声がいちいち可愛い、って言うよりかは澄んでて綺麗だから、わざわざ声に出して考えてしまう。仕方ないね。

 思い返すのは先刻の惨劇だ。具体的に言うなら、俺の亡骸がミンチになって燃え尽きた件。あ、今のネット小説のタイトルっぽいな、ってそげなこつ言うとる場合か! ワハハハ!


 で、えぇと。そう、俺がこんな目に遭ってるのは、常識という社会的通念がゴミ箱にボツシュートされたせいだ。詳細を述べるなら、今の俺の体、その元の持ち主らしき女の子の声がして、色々言われて選択の余地なく魔法少女にされたわけである。

 あの時、彼女はなんと言っていたっけか。テンパってた俺だけど、分かりやすく三行で………いや四行で教えてくれたから覚えてる。


 ――――こわい怪物と戦った私無事死亡。


「………ん? 待てよ。訳分からんが、そもそもの前提としてあの子は何かと戦ってて、そんで相討ちまで持っていったんだよな。ってぇことはさ………」


 魔法とかいうのを使う魔法少女を、ぶっ殺してしまえる何かがいるってことじゃない?


「………」


 嫌な事に気づいてしまった。つぅ、と冷や汗が浮かんでくる。あの子は俺に、自分が巻き込まれた事態を理解できるように魔法を掛けておいた、と言っていた。そのせいか現実逃避せず、これが夢幻のものだと思わず冷静に考えられている。


 そんな、嫌にクリアな意識で熟考した。


 魔法少女とかいうのが現実にいてはって、それと戦う怪物がいなさってやね。魔法少女と怪物が一対一しかいないなんて、まず有り得んちゃうか。普通に考えて複数存在するはず。ということは、俺以外にも魔法少女がいてだね。そんな俺を殺せる怪物も複数存在するんじゃなかろうか。

 ヤダ! 小生ヤダ! もしかして、って色んな事考えちゃう自分がヤダ! 考えてもみろよ、この現代社会に魔法少女やら怪物やらの存在が露出してるか? してない。って事はさ、俺が俺の死亡現場から歩いて帰ってくる時、誰にも何にも認知されない不可知モード使ってたみたいに、魔法少女とかは誰にも認識されない裏で怪物とかと戦ってるって事になる。という事はだよ明智くん。もし怪物が現れたら、普通の人は何もできず、気づく間もなく俺みたいに死んじゃうんじゃない? それを防ぐには――――


「もしかして、俺がこの子・・・の代わりに………怪物君と戦わんといかんわけか………?」


 そのための契約、だったり………する?


「………」


 頭が真っ白になる。

 ちくたく、ちくたく、と時計の針が鳴る音がする。


 どれほど布団に包まっていただろう。堪りかねたように、くぅ、とお腹が鳴った。


 のそのそと布団から出て、台所に行き鍋を加熱する。ボー、とそれを見ながら、そいやこの子、どこの家の娘なんやろとか思った。

 親御さん、今頃心配してない? やべぇよやべぇよ。どうしたらええんや。教えてくれ頼む。俺、責任持てないよ。100%俺悪くないから。でも年頃の娘さんを亡くしたら、親御さんは泣くぞ。俺も二人の娘がいるからよく分かる、たとえ相手が悪くなくても俺を憎みたくなるんじゃないだろうか。


「あ、カレー旨い………」


 流石俺。カレー好きが高じてカレーの味だけはプロ級と言われる事はある。

 温めたカレーを平皿によそい、レンジでチンした白米を盛り付けて、喰う。とりあえず嫌な事は一旦忘れて、はむはむとカレーを食べた。


 にしても今夜のカレーは旨いな。なんでや? いつも通りに作ったのに。

 あ、そうか。いつもの俺と違う体だから、味覚も違うんだな。好みが違ってきたりするんだろう。


「………おぉ。名案が浮かんだぞ」


 わざとらしく声に出す。良い声だねぇ。タクシー運ちゃん辞めて、今度は声優さんになろうかしら。

 それはさておき、ほんとに名案が浮かんだ。というより、ぼんやり思い出した感覚に近い。


 この体に蓄えられてた知識とか技術が、徐々にダウンロードできてきた感じ。

 魔法を使えばいいのだ。変身魔法を。コイツで元の瀬田幸次郎に変身して、明日からも普通に過ごせばいい。

 やったね俺! 明日からも普通に男として、瀬田幸次郎として生活できるぞ! そう………魔法を使えばね。

 どやぁ。と、相好を崩す。物理で触られても問題ない変身である。これで第一と第二関門突破だ。後の問題は、見たことも聞いたこともない怪物君の事だが。

 それもどぉってこたぁねぇ!


「俺以外の魔法少女が頑張って怪物とかいうのを斃せばいいんだよ!」


 万事解決だ。まさか俺以外に魔法少女がいない訳はない。


 勝ったな。第一部完! 瀬田幸次郎先生の次回作にご期待ください!








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