演技そのさん! 魔法少女に休日は無い?




「変、身!」


 とぅっ! なんて仮面の暴走ライダーの如く意味もなくジャンプ。

 特撮物の醍醐味を解せぬ我は変身する事にさしたる憧れはない。変身願望はないのだ、今の俺でいいのである。

 だがそうは言っても男の子。変にええかっこしぃなとこのある俺だけど、実はちょっぴりやってみたかったし言ってみたかった。望んだシチュエーションなんかじゃあ断じてないが、小さな夢が叶った感動がミリ単位でない事もない。


 着地する瞬間には既に、幻想的な超絶美少女から細マッチョな中年オヤジに変身を遂げていた。思わず「おお!」と感嘆の声を上げてしまう。


 ボロっちいワンルームの中心に立っていたのは、この俺、瀬田幸次郎その人。しかも勤務先のタクシー会社『トーキョー自動車交通(株)』の制服姿である。

 ワイシャツにスラックス、ジャケットとネクタイというスタイルだ。タクシー運ちゃんが強盗被害に遭った際、被害を軽微に抑えるため、襟と胸部に切創に強いケブラー繊維を組み込んだジャケットをびっちり着込んでる。まさに仕事のデキる男の戦装束よ。

 熱い自画自賛は、元の姿に戻れた感動ゆえだ。ナチュラル・テンションならそんな事は思いもしない。何せ俺、負け犬だからね。


「いやぁ………夢も魔法もあるんだねぇ」


 朝日の差し込む窓を背に、しみじみと呟くおっさんがここに。ペタペタと体とか触ってみるが、普通に頑健な男の体だ。幻なんかじゃあない、正真正銘肉の体である。いや冗談抜きでスゲェよ。

 変身魔法ってのを思い出した・・・・・感覚で、夜寝て朝起きたら試してみると、意外なほどすんなり魔法が使えたのだ。さっすが魔法、質量保存の法則やら物理法則やら余裕でぶっちぎってやがる。この肉の体どこから来たよ、おい。

 あれか? 魔法使った時に、頭ん中の核っぽいのが、ビリビリ震えた感じがした。そこから紐引きした熱? エネルギー? みたいなのがちょぴっと減ったから、それが魔法の動力源なのでせう? でもあんま減った感じはしないのよね。たとえて言うなら、世界一の貯水量400億トンを誇る、アメリカのフーバーダムから缶コーヒー1本分の水が減った感じ。完璧に誤差だ。


「天下の俺様もブルっちまいそうだぜ」


 途方もない桁の魔力量に、さしもの俺とて苦笑いを禁じ得ない。それはそれとして、今自然と『魔力量』とか真顔で思った俺氏、若かりし頃のリビドーを思い出すの巻。

 変身中は魔力が減り続けるみたいなんだが、フーバーダムの上にだけ常に大雨が降り続けてる感じで、魔力が回復する量の方が圧倒的に多い。これなら四六時中、寝る時も元の姿のままでいられるだろう。実質俺氏、本体の魔法少女になる必要性が皆無だ。


 でも不思議なもんで、俺は肌でわかっちまってんだよね。あくまでこれは外見だけのガワ。痛覚含む五感がしっかりあんのに、この中に本体である少女体がある。

 しかもこのガワ着てたら他の魔法は一切使えない。身体能力とかも元の俺のまんま。これはいけません! と脳内で赤いランプが点灯し、アラートが鳴り響いちゃってる。だけどだ、俺としちゃあ別に構わん訳でしてね? 脳内でがなり立てる警報切っちまうぜ。


「んじゃ、会社にでも行きますかね」


 自宅の鍵とかを持って、ボロアパートを後にする。さーてお仕事の時間だ! 今日もバリバリ車走らせちゃる。


 ――――魔法。肉体の差し替え。自分を襲った異常で非常な緊急事態の非日常。それらをまるっと当たり前のもののように受け入れて。さも俺はいつも通りでござい、と居直れてる非常識。そこに俺は違和感を覚えるべきだった。そうすれば、まだしも心の準備やら何やらが出来ていたかもしれない。


 俺の体が本来の俺の物ではなくなった瞬間。悪魔ストリゴイと呼ばれる化け物と、魔法少女として戦う事は決して避けられない事態だったのだ。









  †  †  †  †  †  †  †  †









「お客さん、どちらまで行かれますか?」


 無色透明な営業スマイルを浮かべる、タクシードライバーの定例文。数百数千と繰り返したであろう台詞は機械的だ。

 だがタクシー車に乗り込むほとんどの利用客にとって、一期一会の出会いにすらカウントされない、移動のための足になるドライバーに奇を衒った台詞を掛けられても、なんやコイツうっさいわぁとウザがられるだけだろう。

 人口密集地である首都圏で、他人に対する興味関心が極限まで薄れているお客様が望むのは、不潔ではない無味乾燥としたロボットである。外見が普通で臭くなく、余計な事も言わずに、言われた先まで自分を運んでくれたらそれでいい。タクシードライバーに期待する事なんてそんなもので、実際それがお仕事なのだからテメェは仕事してりゃいいんだよと思われるものだ。


 だからタクシードライバーってのは、時々現れる少数派………クレーマーだったり、稀に現れるかもしれない料金未払い者だったり、人恋しかったりお喋り好きだったりする人から話し掛けられるか、アクションを掛けられるのを待つしかない。都会以外のお客様はともかく、都会のお客様に自分から話しかけたりするなんて言語道断だ。だって彼ら、人間関係に疲れてるのが大半だからね。一人で静かに過ごしたいって願望は、実は若者にだってあったりするもんだ。


 んなもんで、見ず知らずのタクシー乗務員に話し掛けられるのを、お客様はほとんどの場合嫌がっている。故に自分から雑談を振るのはイケない。

 振られた話題にナチュラルに、相手が望むテンションで、望んでいるであろう切り返しをする事で運転中の間を保たせる。無事故で安全かつスピーディーに、それでいて気づかれない程度に遠回りして料金を稼ぎ、目的地に到達する。それが一流のタクシー運ちゃんだ。雑談の話題振られて見事に返し、顔と名前、あわよくばタクシー車のナンバーを覚えてもらえたらリピーターの誕生である。あの運転手がいるじゃん、じゃあ歩くのめんどいし乗って帰ろうかって具合になるのだ。

 まあ最近の若い子らはスマホ弄ってばっかで、話し掛けてきたりするのはかなり稀なんだがね。陽キャと陰キャを見分け、やってるスマホゲーを識ってたら、案外自分から話し掛けても「同じゲームしてる仲間!」と思われることもある。要はケースバイケースって奴よ。近場のタクシー運ちゃんで一番の売上を稼いでるこの俺は、その手の駆け引きっぽいお喋りもお手の物ってなわけである。


 んで、本日初のお仕事相手。俺の運ちゃんとしての経験と、観察眼が言っている。今回乗せたお客さん、めんどくせぇタイプだなって。


 まず歳の頃は60代半ばのお婆さん。ケバケバしくなる一歩手前の化粧と、鼻につきそうになる寸前の服装+香水。体型はほんのり太り気味で、目が悪いのか老眼鏡を掛けている。まあ普通に考えりゃどこにでもいそうな、人並みに見栄を気にする婆さんだ。こういう人に限って懐事情は割と普通なものである。

 ついでに言えば都内の人間じゃないね、間違いない。婆さんどうしたよと声を掛けたくなるところだが、そんな気分にもなりはしない。


 だってこの婆さん………俺のお袋やねん。


「あそこ行って、あそこ」


 俺が自分の息子だって気づきもしない瀬田明美、六十六歳。おいおい京都在住のおっかさんや、あそこ言うたかて分からへんがな。あそこってどこやねん、そこらへんはっきりしてくれへんかったらどうにもなりまへんがな。


 人の縁というのは皮肉な物で、時に気を利かせる事もある。俺の場合はそれが顕著だ。俺には変な引力があるんだろうな、俺と知己を持った奴とはなんでか近くにいると頻繁に遭遇してしまうのだ。

 お袋との不慮の遭遇も、普通に考えたら出来すぎた偶然だが、そういう事を何度も経験してる俺に驚きはない。ああまたかと思う事も。近くにいたら知り合いとか身内には、遭遇するもんだって俺は学んだのである。


 んで、ほんとのこと白状したら、何しに来たのかなんて聞かなくても分かる。単身上京しに来るなんてやたら行動力のあるこのお袋は、実家で親父とまぁたくだらん事で喧嘩して、俺の家に逃げてきたんだろう。

 ついでに一週間後、もとい6日後にマイ・エンジェル達、お袋にとっての孫に会える機会を逃さず来たに違いない。このタイミングで一人でいるって事は、俺からの連絡を自分んとこで止めて、親父には伝えてねぇ事情が伝わってくる。どうやら結構前から喧嘩してたらしい。だからこうして一人でいやがるわけだ。

 孫娘達と写真でも撮って親父に見せびらかし、散々煽りまくって意趣返ししてやろうとしてんのかもしれん。だとしたら割とヒデェぞ。親父泣くぞ。孫との写真片手に煽られたら、便所に隠れて一人メソメソしてるぞ絶対。


「お客さん、あそこ言うたかて僕には分かりまへん。せめて目印になるもんとか教えてくれまへんか?」

「あら運転手さん、あなた関西の人?」

「仰る通りやけど………目的地はどちらでっしゃろ?」


 俺に気づいてないならそれでいい。お袋と喋くり倒してたら時間が幾らあっても足りんので。元気そうやしそれでええわ。どーせ俺の家で顔合わせるし、関西人ちゃうけど他人になりすます為に口調と声音変えたろう。

 母親なんだし、普通は気づきそうなもんだが。先入観って怖いね、お袋は俺が大企業に勤めるスーパーエリートって思ってる。それってそこそこ昔の話やぞ? って思うが、俺がタクシー運ちゃんやってる事は報せてないからしゃあないわ。だって知られたらうっさいからな。何してんのお前! って絶対お叱り食らう。お袋ん中じゃあ俺は東京に転勤したってなってるしね。老い先短い………事もなさそうな元気なおかんやけど、せめてお袋の中の俺はビシッとしたかっこええ息子でいてほしい。


 今思ったが俺、母ちゃんの血強すぎない? 外見こそ親父似だけど、中身は完全におかん寄りだな俺は。


 そうかぁ。落ち着きなくてお喋り好きで、あっちにふらふらこっちにふらふら旅行しまくるのは母ちゃんの血のせいだったのか。

 今日の俺は冴えてるね、今まで気づきもしなかった事に思い当たっちまうとは。つまり俺が元嫁に愛想尽かされたのは、逆説的に母ちゃんにも責任の一端があるのでは?

 我ながら負け犬根性全開な、クソみたいなこじつけだ。もっと元嫁を大事にしてやってたら良かったよ、ほんと。


 そんな事をつらつら思いながら訊ねると、我が母はズズィと運転席側に身を乗り出して来た。といっても防犯のためにあるガラス張りの境があるんで、あくまで手に持った物を差し出して来ただけだ。

 手提げカバンから取り出したるは古ぼけた冊子。見せられたのは地図帳。古いなおい、スマホで地図出せるぞ。無駄に時代に反逆する姿勢は相変わらずか。まあいい、お袋はこういうのにマーカーペンでマークつけるからな、行きたいところは一目瞭然だ。分かりやすいっちゃ分かりやすい。


「ここよここ。ここ行きたいの。連れてってぇな。駄賃は弾むぇ?」

「弾むってあんた、それは当たり前でんがな! こちとら慈善事業ちゃいます!」

「そうやったねぇ!」


 いかんぞ、ボケやがるお袋に、ついツッコミ入れてしまった。

 でも待てよ。この地図のマーカーって………。


「あーらら、ちょい待ちなお客さん、ここに行きたいんですよね」

「えぇ、そうやよ」

「それここ・・ですわ」


 俺は今、駅前のロータリーにいる。で、お袋の行きたいところってのは、この駅だ。

 親指をくいっとやって指し示すと、お袋は地図と駅を見比べて。おほほと上品に笑い目を泳がせた。


「………あらやだわぁ。ウチったらボケちゃってたみたい」

「ほんま勘弁してつかぁさいな。ところでお客さんは何しに駅へ?」

「東京には友達に送ってもらったんよ。駅の店でお土産買うて、息子んとこに持ってってあげよう思ぉとるんやぇ。ウチの地元京都なんやけど、そこのはウチのせいで喰い飽きとるやろうし。案外身近なもんほど手ぇ出さん子やからね、ウチの子は」

「………そうでっか。灯台下暗しとはちゃうけど、案外正解でっしゃろ。お客さんは息子さんの事よぉ理解してはるんやね」


 ほんとにな。流石母ちゃんだ。でもな母ちゃん、一つ言わせてもらいたい。

 目の前に息子おるぞ。


「息子の事でウチに分からん事はないぇ。なぁんかウチに隠し事しとるけど、待っとったらいつか言ってくれるし。ウチの子はほんまに、ウチに似んとデキがええけぇねぇ」

「………さては気づいてる?」

「んんぅ? 何が?」


 歳のくせに可愛く首を傾げるお袋。あ、素で気づいてねえ。さては俺が運ちゃんなのに気付いたから、遠回しに嫌味言ってるのかと思ったが。案外そうでもなくて本音らしい。

 ………やばい。良心がやばい。十年近く隠し通してる仕事関連の事で俺の良心がマッハで削れる。畜生、踏んだり蹴ったりとはこの事か。いや自業自得の間違いだな。俺は今、俺のクズっぷりを自覚しちまったぜ。


 ほんならさいならぁ。とタクシーから降りて愛想よく小さく手を振ってくるお袋に、目深に被っていた帽子の鍔をちょっとだけ上げて手を振り返す。

 ごめんな母ちゃん。実家への仕送り、実は昔の蓄えから切り崩しながらやってるんだ。


 姿が人混みに紛れて見えなくなるまで見送ると、シートに背を預けやれやれと溜め息を吐く。母ちゃん、あんたの息子は魔法少女になったぞ。そう言ったらなんて反応するか、想像してほんのり笑う。まあ今後魔法少女になる事もなく、この姿のまま過ごすつもりだからなんの問題もない。


「母ちゃん………俺も、いつまでも腐っとるわけにはいかねえな………」


 十年以上、元嫁のこと引きずってるわけだが、流石に女々しさの極みかな。振り切れる気は未だにしないが、ジメジメしてるのは母ちゃんに申し訳ない事なんだって思った。

 俺も男だ。体は女の子だけど。こっからはやる気出して転職先探して、母ちゃんに胸を張れるように………。




 って、むむ?




 なんだ? 今、首の裏がゾゾゾって痺れたような感じが………。


「お? おや? ぉ、ぉお? おおおお!?」


 視線が意図せず上を向く。見上げた先には雲ひとつない青空が。

 しかしその空に、一筋の亀裂・・はしった。


 俺は唐突に感じた。何か善くないモノ・・・・・・が、東京上空に発生してくるのを。なんだと思って窓から身を乗り出し、空を見上げようとした俺の体が勝手に動く。

 窓を閉め、ドアを開けてタクシー車から出ると、慌てて車のキーを抜いてポケットに入れる。キーのボタンを押してロックすると、俺は勝手に走り出した我が身に驚きの余り声を上げてしまった。


「なんだなんだなんだぁ!?」

 

 俺の体が不随意御免! なに勝手に走っとるんだ我が五体! これがほんとの身勝手という奴なんだな、ってやかましいわ!

 まるで俺の体が使命を受けたように勝手に走り、何事だと訝しげな目を向けてくる人の目が次々と刺さってくる。だが俺の中の魔力が減って、瀬田幸次郎の体が解れて粒子になり、溶けて消えていく頃には不自然に通行人達の視線が外れていく。まるで興味関心を失い、次第に見えなくなっていくような、そんな素振り。


 そして完全に魔法少女という本体に戻らされた俺は、完全にテンパる五秒前だった。


「何事だ俺ぇ!? ちょ、待てよ!」


 巻き舌気味に言う声は女の子のそれ。俺は驚天動地の事態に目をぐるぐるさせながら、誰にも何にも認識されない不可知モードに突入していた。


 その時だ。脳内に、この体と同じ声が響く。


『――――時と場合は選べない。今こそ契約履行の時。さあ私の写し身、私の残留思念。悪しき者共を討たんがため、いと尊き使命に身命を捧げましょう』

「おまっ、消えたんじゃねぇのか!? 何勝手な事ほざいてんだコラァ!」

『魔法少女の使命を果たす。契約からは、貴方は逃れられない。戦いましょう、そして勝ちましょう。私の名は下界No.11日本列島防衛管轄官、高天原天津タカアマハラ・アマツ。汝は悪、罪ありき! 悍ましき異形の悪魔は、この私の手で討滅するッ!』

「『るッ!』じゃねえからこれ今俺の体ぁ!」


 格好良く決め台詞を言うのは構わんが俺の体でやんなゴラァ! テメェの不手際で俺を巻き込んだんだろいい加減に――――って言うのはダサいから黙っとくが! 折角男として元の生活に回帰かましてたってのに台無しだよ! ってか俺まだ仕事中だからね? お客さん取り逃がしたらどうしてくれんだゴラ!


 ――――俺の文句など馬耳東風。魔法少女『高天原天津』とかいう子の体は、背中から青い光の粒子で構成された蝶の羽根みたいなものを出して広げると、数段階に分けて魔力とかいうものらしきモノを噴射し一気に空高く舞い上がる。その高度は実に五百メートルにも及んだ。


 急激な上昇とその浮遊感に、俺は「ぅおっ、おっ、お、おぉおぉぉお?」と無様に手足をバタつかせ慌てふためいた。


 人間地に足つけて生きなきゃならねぇんだよ、なんで俺空飛んでんの? 魔法少女は空を飛ぶものでしょってやめろショ○カー! ブッ殺すぞ!?

 そんな俺の罵倒は誰にも届かない。やっと分かった、これ俺が契約を結んだ時に、アマツちゃんをぶっ殺した怪物君かその仲間と、自動的に戦いに行くための契約でもあったんだね。

 つまりアマツちゃんの自我とかは完全消滅してる。契約履行時に。親切にも………親切? いや親切だな多分。ともかく親切にも、状況を把握するための物として、こうして脳内反響型音声が発生する仕組みを遺していたんだ。


 要約すると、約束は護りましょーねー、ってコト。


「待って。ねえ待って。心の準備とかないのよ俺。完了できてないの覚悟、恐怖を我が物にできてない勇気! 我が生涯悔いだらけ! 事前の説明とかないの? ねえないの? おうコラやめろ、やめろつってんだコラぶっ殺すぞ!? そういやあんた死んでたんですよねクッソォ!」


 時既にお寿司、じゃなくて遅し。昨日の夜、魔法少女マジカル☆アマツに巻き込まれ、死んじまった時点で遅かった。

 元からこうなる運命だったのだろう、避けようがないようにされてしまっている。

 色々言いたい事はあるし、ぶっちゃけ今すぐにでも逃げたいが、どうやらそんな暇はないようだ。


 ――――空に奔った亀裂から、大きな手が飛び出して。ソイツが亀裂を抉じ開けると、異次元とかそういうサムシングの空間から怪物君が飛び出してきたのである。


 それ・・は、ひたすらデカかった。


 恐竜の尾のように長い八股の尾。

 割れた竹の如き様相の八本の首。

 八本の首が支える一つきりの、蛸のような大きな頭。

 そして、黒々とした体とトゲトゲの背ビレ。


 全長50メートルはある巨体を丸ごと包み込めそうな、蝙蝠じみた翼を持つ怪物………いや、これ、怪物じゃのぉてクトゥルフ的バケモンちゃう………?


【     !】


 人の可聴域に無い、背筋が凍らんばかりの咆哮が迸る。そんなものが、東京の上空に舞い上がった。


 俺はそれを見て呟く。


「………え? これ俺の知ってる魔法少女物の敵と違う。誰かゴ○ラかアメコミのスーパーヒーロー呼んで来てくれない?」






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