演技そのろく! 娘到来、母到来、魔法少女電波に乗るの巻





 ぐるぐると渦を巻く記憶の映像。

 思い返してしまうのはクトゥルフ的なビジュアルの、黒くてデカくて卑猥な化け物。

 どう考えても人間にどうこうできる相手じゃない。自衛隊案件ですよ、これ絶対特撮物の怪獣退治案件ですって。

 まじっくがーるなんざお呼びじゃねぇんです。ジャンル違いにもほどがあらぁな。アメコミのスーパーヒーローの、鉄の男がいたりするチームが対処するべきそうすべき。


 だけど現実にはそんなのいねぇんだよなぁ。


 さすがの自衛隊も目に見えない&レーダーに映らないバケモンの相手なんざできっこないし、スーパーヒーローなんか架空の存在なのよね。

 けども魔法少女は実在してるっていう。おぅオメェも架空の世界の住人やん、大人しく画面の向こうでキャピキャピ(死語)してろっての。え、魔法少女は現実? そんなー。


 気が滅入る。下向いてノロノロ歩いちゃう。黄昏が侘しい気持ちを助長してくれちゃって、あたかもリストラ食らったおっさんの悲哀を物語るようだ。

 だって最低100年はあんな化け物と戦えとか言われると、頭おかしくなりそうだべ? 途方に暮れるとはまさにこの事。アマツちゃんには格好つけて啖呵切ったけど、マジで人間社会の裏に潜まにゃならなくなりそうだ。

 真面目に考えて貯金保たないし。

 働いてる最中にバケモン退治のため出動とか………そんな事を度々やらかしたら仕事クビになる以前に、乗せてるお客さんの迷惑にしかならんわ。


「俺………真面目にどうなるんだろうな………」

『なるようになるんじゃない?』

「うるせぇぞババア。ファンシーな格好しやがってからに」


 真剣に悩む俺に、軽く茶々を入れてくる実年齢200歳超えのマスコット。カチンときて服のセンスを揶揄すると、アマツちゃんはわざとらしく体を震えさせた。


『み、見た目はぴちぴちだから………』

「多芸か。震え声で言うなよ。………それよかあんた、見かけと違って芸風広くない? ラノベとかアニメとかでも齧ってんの?」


 オッサンな俺の目の高さ辺りで、ぴこぴこ羽根を上下させて浮遊しているアマツちゃんが付いてくる。

 傍から見たらすっごくシュールだろう。けども、アマツちゃんの事は誰にも見えてないらしい。擦れ違う人は全員、この妖精チックなマスコットガールに気付いた様子がなかった。


 俺のツッコミに、アマツちゃんは得意気に小鼻を膨らませた。


『下界………もといこの世界のサブカルチャーは面白いもの。永年の戦いの中で心が枯れないように、その手のものを常に嗜むのは当然の心得だわ。生きてく上で娯楽はジッサイダイジ、これ豆知識ね』

「おい聞いたか業界の皆さん、おたくらとんでもねえババアに心の栄養補給してんぞ」


 呆れちまうよ。馬鹿にしてんじゃなくてね、外見に反してバイタリティー高すぎだって言いたい。メンタル強度がダイヤモンドなのかな?

 とぼとぼと歩きながら妖精さんと駄弁りつつ、俺はファンシーなアマツちゃんの精神構造が色んな意味で振り切れてんなぁと思った。

 何せ昨日の今日で旧来の友人みたいな距離感だし、かと思えば恨んでるなら仕返しに殺してくれてもいいとか言い出すのだ。死生観が常人とはかけ離れてる上に、面の皮が象の皮膚並みに厚いんじゃねえかって思ってしまう。


 家が見えてくる。なんだかもう一週間以上帰ってなかったように感じるぐらいに、懐かしい我が家だ。

 二階にあるマイルームを目指し、階段を登っていく。帰りにスーパー寄って、カレーの材料買い揃えたし、今夜もカレーだ。

 いくら好きって言っても毎日食えば飽きそうなもんだが、俺は好きなもんなら毎日でも食える質なんでね。もう一生カレーだけでも良い気がする。


「ん?」


 俺は自分の借家に明かりが点いているのを見つけて首を傾げた。扉の覗き穴から溢れてくる光量からして、居間の電灯が点いているらしい。

 出掛ける時に点けっぱなしだったのか? いや、俺は朝に灯りなんか点けない。もし寝惚けちまって、電灯を点けたまま出勤したなら無駄な電気代が発生してしまうからだ。

 まさか空き巣が入ったわけじゃあるまいとは思う。が、一応警戒しながら家の鍵をドアノブに差し込んで捻り、なるべく音を立てないように扉のロックを解除した。


 扉を開くと人の気配がする。一気に顔を険しくさせた俺だったが、玄関に可愛らしい女の子の靴があるのを見つけて肩から力を抜く。見覚えのある靴だった。

 おいおいウチに来る予定の日より6日も早いぞ。そう思ってみるも頬が緩むのを堪え切れず、俺はわざとらしく咳払いをして声を上げた。


「あー………ただいま」


 するとドタドタと部屋の奥から物音がして、一人の天使が飛び出してきた。


「パパ!」


 背中にやや掛かるぐらいの黒髪と、生気に満ちた白い肌と碧い瞳。日本人とアメリカ人のハーフらしく、東洋と西洋のいいとこ取りした可愛くもあり、綺麗でもある顔立ち。

 瀬田綾子。母方の苗字マーティンを名乗らず、俺の苗字を使ってくれてる地上の天使。なんでか京都弁を好んでる俺の元嫁、アナ・マーティンの教育の成果なのか、いつも京都弁を話すめんこい娘だ。

 今年15歳の中学3年生。来年には晴れて高校生になる。娘がもうすぐ花の女子高生になるかと思うと、色々と心配にもなってしまう。だってこんな可愛いんだぞ、女子間でいじめられたり、変な男に引っかからんか気が気でない。


 まあアナに電話で聞いたところ、その手の心配は無用らしいけど。昔の俺に似てすげぇ行動的で、いじめてきた奴と逆に親友になってるって聞いたら頭が痛くなったもんだ。

 いじめっ子とも仲良くなれるのはすげぇけどさ、頼むぞアヤ。俺にだけは似んでくれ。アナの如く良妻賢母になって孫見せてくれよ。ほんま頼むで………?


「おかえり、そんで久しぶりやね!」

「おぉ、元気そうで何より。前会った時となんも変わっとらんな」


 飛び込んできた綾子を抱きとめて、俺はだらしなく相好を崩しながら言った。

 すると娘は俺の胸の辺りから顔を上げて、ムッとしながら睨んでくる。


「前にうたのは1年前や、そうほいほい背ぇ伸びんよ」

「そうかぁ? 成長期だろアヤは。1年も変わらんかったら絶望的だと思うがね」

「ちょっとパパ、なんでそんな酷いこと言うん? ウチまだ成長期やもん! おっぱいはもうDいったから背ぇだって伸びるもん! 前測ったら5ミリ伸びとった!」

「年頃の娘がおっぱい言うな。それにつけてもチビなまんまじゃねえか。俺とアナはどっちも背ぇ高いのに、なんでアヤはこんなチビなんだろうなぁ」

「こらぁ! チビ言うな! 禁句や禁句!」


 俺の身長は187で、アナが182だ。その2人の娘のくせして、綾子の身長は160あるかないかといったところ。俺とアナの親類縁者は軒並み背が高いから、多分俺の祖先から隔世遺伝で低身長を引っ張ってきたのかもしれん。

 ボコボコと本気で胸や腹に拳を叩きつけてくるアヤに、俺は苦笑いしながら甘んじて受け入れた。気が済むまでやりゃあええ、特に鍛えてない女の子の力じゃあ、金的でもされなけりゃ効きゃあせんからな。

 アヤも気が済んだんだろう。にんまりと笑って顔を擦り付けてきて、えくぼを作ると犬みたいに笑った。


「――――えへっ。パパの匂い、ええねぇ。なんでか落ち着くもん。チビ言われてドタマに来たけど、そんなんスッと消えてくわぁ」

「加齢臭してない?」

「してへんよ。しとってもええけど。ウチ、パパのこと好きやし」

「おぉぅ嬉しいこと言ってくれるねぇ。………後でお小遣いをあげよう」

「やたっ」


 どう言えば俺の財布が緩むか熟知してやがる。末恐ろしい娘だ。天真爛漫に見えて、実は計算高いってところはアナに似たのかな? そこは似なくてよろしいが、可愛い娘にお小遣いを上げたくなるのは人情ってもんだろう。

 アヤは俺の手を握ってくる。普段近くに居ないからか、反抗期なんかもないし、この年頃の娘を持つ父親特有の悩み『お父さんの下着と一緒に洗わないで!』も言われない。むしろ一緒にお風呂に入りたがるまで………は、流石にないにしろ、よく懐いてくれていた。

 そりゃあ常日頃一緒にいる方が厳しく躾ける役だからな。たまーに会う側は思いっきし甘やかすだけでもいい。そういう点じゃあ気楽なもんだ。寂しくはあるが。


「あ、そういやパパ、一つ訊きたいことあるんよ、訊いてええ?」

「おー? なんだよ。なんでも言ってみ」

「ママとはいつより・・戻すん?」

「――――おっとぉ? そこに触れるか、アヤ」


 思わず言葉に詰まる程度には動揺する。心底不思議そうで、かつ物欲しそうにアヤは言った。


「だって2人とも未練タラッタラやん。ママはまだまだ美人なのに男っけないし、パパはパパでママの事引きずって燻っとるし。パパならもっとおぉきな事やれるぇ? いつまで腐っとるんよ。そんなカッコ悪いザマぁ晒すんなら、いっそママとまたくっついて一緒に暮らそ。絶対それがええって。ウチ、昔のパパの方が今より3000倍好きやったよ」

「返しづらい事ズバッと言ってくるなこの娘は………そんでアベンジするあの映画見たな」

「うん、ママと一緒に。ねえねえパパ、『3000回?』」

「………え、これ言わんといけん流れ?」

「もぉー! そこはノッてぇな! ウチ馬鹿みたいになるよ!」

「あー、はいはい」


 こっ恥ずかしいから、口をアヤの耳元に寄せて小さく囁く。するとニヘラと笑ってアヤは離れた。

 まったくこの娘は、天性の甘えんぼさんだ。勝てる気がしない。

 でも訊きたい事があるのはこっちも同じなんだ。


 アヤを抱き上げて、おぉ! とちっさいガキみたいにはしゃいでるのを流し家の中に入る。ボロアパートだからそんなに奥行きはないから、居間のテーブルの椅子を引いて、そこにアヤを座らせた。


「そんでアヤ。約束の日より6日も早く来たのはなんでだ?」

「うっ………そこは触れんでぇ」

「そういうわけにもいかんだろ。アナと喧嘩でもしたか?」

「………うん」

「俯くな。ほんとはいけん事したって分かってるだろ。で、喧嘩の理由は?」


 ムムム、と唇を尖らせて。モゴモゴと口を動かしながら、視線を左右に彷徨わせたアヤは結局口を噤んだ。

 アヤは小さいガキの頃から大きな嘘は吐かない。小さな嘘も言わない。が、大抵くだらん事を隠したがる。

 嘘を吐くのは心に借金背負うんと一緒で、後の自分に響いていくって教えたのを守ってるのだ。隠し事はしても根が単純な娘らしく、こっちが促すと素直に喋る場合が殆どだった。


「………」

「黙んな。俺は怒らんって」


 言うと、渋々といったふうにアヤは口を開いた。


「………ママのよりパパのカレーのが美味しいって言った」

「うん………うん?」

「そしたら鬼になりよったわあのババア。ふざんな事実やぇ? もう売り言葉に買い言葉で、ウチ高校は東京のに行く、パパんとこで住む言うて飛び出してきた」

「なんでそうなった」


 カレーの話から進学先の話がどう繋がってんの。分からん、最近の若い娘の考え方が分からん。

 俺も気がつけば歳食ってたけど、まだまだ若いつもりじゃいたんだが。モノホンの若人と話してみて、まるで意味が分からんのがカルチャーショックだった。


「で、アーサーさん呼んで、足になってもろうたんやぇ。あの人ほんとええ人やわぁ」

「あ、そう………」


 アナに烈火の如く怒られるなそれは。何人の娘勝手に送ってるのと、ネチネチやられるわ。アヤの奴、アナに反抗して出てきたってアーサーに言ってなかったんだろうなぁ。

 完全に被害者だし、気は引けるが後でアナに電話してアーサーは悪くないって言っといてやらんといかん。


「あんまアーサーの奴を便利使いするなよ」

「う………うん、今度謝っとく。もうこういう事せんよ」

「約束だぞ。で、どうしてアーサーはいないんだ? 娘送ってくれた礼したいし、せめて挨拶の一つでもさせてくれりゃいいのに………」

「近い内にコンサートあるから、ホテルにチェックインしとくみたい。確か東京文化会館でやるって言っとった」


 へぇと空返事をしておく。ふよふよと辺りを漂っていたアマツちゃんが、アヤの頭の上に乗ったのだ。

 あっ、と危うく声を出してしまうところ。危ない危ない。

 そういやコイツがいたのを忘れてた。アヤが来てた事で存在そのものを忘却してしまっていたのである。


『可愛い娘さんね』

(当たり前やろがい。人類史上最高の娘だぞ)


 テシテシと小さなお手手でアヤの頭を叩くマスコット。

 全く気付いた様子のない娘に、魔法スゲェって思いと、人の娘になにしてくれとんじゃコイツって思いが重なる。


「? 何見とるん?」

「………アヤの髪が跳ねてるなぁ思って」

「え、うそ?」


 頭を撫でるふりしてアマツちゃんをアヤの頭の上から追い払う。そうしていると、ふとアヤが思い出したように大きな声を出した。


「あっ! そうや、パパに見て欲しいものがあるんよ! ちょっと来て!」

「あー待て待て。お父さんは晩飯の用意するから、その後でな」

「今すぐやないと嫌! でもどうせパパはカレー作るから邪魔はせん! ウチ、パパのカレー食べたいし! スマホ持ってくるから、片手間でもええけぇちょっと見てよ!」

「分かった分かった」


 俺は玄関に置きっぱなしにしていたカレーの材料を取りに戻り、アヤは慌ただしく荷物の入った鞄に走った。俺が台所に立つと、アヤはスマホを片手に駆け寄ってくる。


「ほらニュース見てニュース! 今凄いことになってるぇ!」


 元気だなぁと思いつつ。俺は苦笑して背を屈めるとアヤの手元を覗き込む。

 と、同時だった。ぴんぽーん、なんてインターホンの音がする。ドンドンと強く扉をノックしてきていた。

 何事かと思い、はたと思い出す。そういえば母さんが東京に来ていたなと。今日訪ねて来る奴なんて、他には考えられずに俺は応じた。


「鍵空いてるから入っていいぞー」

「あ、そう? じゃあお邪魔しまぁ――――って、アヤちゃん!」

御婆オババ!? うわぁ久し振りぃ!」

「っとぉ! おいアヤ、スマホ投げて行く、な………?」


 案の定やって来たのは母さんだった。これで京都弁を話す女が2人になった事になる。ここ東京なのにな。

 母さんはアヤに気づくなり歓声を上げ、アヤはアヤで祖母に気づくと二倍元気な歓声で応じた。一瞬で走り出して母さんに飛び込んだアヤと、それを受け止めた母さんは、てんやわんやと賑やかにお喋りをし出した。


 俺はアヤが投げてきたスマホを慌ててキャッチする。軽く注意するつもりだったが、そんな気は一瞬で消滅した。

 何せ娘のスマホが再生した動画は、衝撃的なものだったからだ。


『………』


 特報と銘打たれたそれは、昼間のバケモンとアマツちゃんのバトルを取り上げたものだったのだ。

 魔法少女は実在した? と。面白可笑しく語っているニュースキャスターに、アマツちゃんは無表情で。俺は俺で、なんだか嫌な予感がしてきたぞぉ、と現実逃避したくなってくる。


 いやね、俺って勘がよく当たるんよ。殊に、嫌な予感ほどな………。





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