演技そのご! 幸次郎、マスコットを得るの巻






『なぜ異界の民が私とストリゴイの姿を認識できたの………? 彼らは私達を認識できないはず。「ただの偶然だった」なんて馬鹿げた結論は論外よ。考えなさい、必ずどこかに原因があるはずなの。………ストリゴイが何かをした? まさか。奴らはそんな面倒な事はしない。そもそも動機がない。なら………魔族? でも魔族なんてどこに………』


 消えるのを待つだけの残留思念。自身の亡骸に憑依させた魂と、交信する事すら覚束ない高天原天津の残滓。

 彼女は薄れゆく意識を懸命に繋ぎ止めながら、不慮の事態が起こった原因に思いを馳せていた。

 数百年を生きる魔女は聡明である。彼女は瞬く間に正答へと辿り着いた。元より手掛かりは掴んでいたのだ。何かに結びつくことがないまま、宙ぶらりんになっていた式を。


『――――そういうことね。ただのストリゴイにしては手強かったアイツ。私に致命傷を負わせたアレが魔族だったに違いないわ。自分をストリゴイに見せ掛けながら私と戦った。そうだとしたら何が目的で………目的なんか無い・・・・・・・の?』


 目的がない。しかし異界の民に自身らの存在を誇示するが如き大仕掛けを、本当にそうだと結論付けるのは早計ではないか。

 だがあらゆる可能性を検討した結果、導き出されるのは魔族が愉快犯・・・であるという推測だけだった。

 馬鹿げている。けれどもそうとしか考えられない。自分達の世界とは違う次元で、妙な事を起こしても何も益はないはずなのだから。


 唯一例外として考えられる、ストリゴイや魔族にとっての至上命題。

 異界に封じられたという魔神の骸の奪還を目指していて、その一環として今回の件を引き起こしたのだとしたら。


『愉快犯みたいな事をやらかしていられるほど、奴らも暇じゃないはず………もしかして、奴らはこの世界線・・・・・に魔神の骸があると考えているの………? だとすると私だけじゃ手に負えない、至急応援を………いえ、そもそも彼だけじゃあ魔族に勝てない! このまま消える訳にはいかないわ、どうにかして意識を残さないと………!』


 魔法少女を騙る魔女は、思いついてしまった最悪の想定に焦りを浮かべ、もはやなりふり構っていられる余裕もないまま――――彼女は人としての誇りをかなぐり捨てた。

 大義の為に生きて、死ぬ。その覚悟はとうの昔にできていたから。









     †  †  †  †  †  †  †  †









 ぺちぺちと、弱い力でほっぺを叩かれた。

 うみゅ、なんて四十路のおっさんが出してはいけない声を出してしまうが、奇妙なことに野太いおっさんの声じゃない。寝起きに弄られた美少女じみた呻き声だ。


「起きなさい。ほら、こんなところで寝てないでさっさと起きる!」

「うごっ」


 べっちーん! と今度は強く叩かれて、一気に意識を覚醒させる。途端に忘却していた記憶が蘇った。

 そうやん、俺まじっくがーるになってもうたんや。そら可愛らしいめんこい声しとるはずやで。

 ってか誰だよ俺しばいた奴。元の俺はともかく今のめんこい俺にガチなビンタかますとか気合入りすぎじゃない? 今日日きょうび男女平等パンチとか流行らんぞ。

 アメリカに倣って訴訟社会化しつつある日本だ。行き過ぎたフェミニズムの気配が漂ってきてんのに、ガチビンタとかマズいですよ犬渡さん。


 そんな思いをコンマ5秒以内で錯綜させた俺が目を開くと、目の前にあったのは極めて微妙そうな顔をするマスコットだった。

 掌サイズのお人形さんだ。高天原天津とかいう魔法少女をデフォルメした感じ。背中にピコピコ動く青い蝶々の羽根が生えている。

 おまけに蝶の触覚みたいなのが二本、頭から生えてもいて普通に可愛い。おっさんの感想としちゃあ外してる感が無きにしも非ずかな。


 それにつけてもこの沈黙よ。目が覚めたとはいえ、意識を失う前の事を覚えてねぇけんね。ほんの少し、理解が現実に追いつくのに時間が掛かっとるんだ。

 なんで俺の前にこんな不思議生物っぽいのがいるのだろう。なんやこれ。え? これって妖精さんなの? 俺って不思議の国にインするアリスさん枠になっちゃった?


「………その顔で『うごっ』って言うのやめてくれる? 自分がそんな声も出せるなんて知りたくなかったわ」

「喋った!? って、お前まさか………もしかして、もしかすっと、高天原さん?」

「天津でいいわよ。親しみを込めてアマツちゃんでも可」

「………」


 無表情に宣りおった。さてはこの娘、天然さんじゃな?

 なんとも言えない気分になりつつ辺りを見渡す。強い風が吹いていた。とても肌寒い。なぜか俺は東京タワーのテッペンにある、アンテナの上で寝ていたらしい。こう、黒衣の襟がアンテナの先端に引っ掛かってる形で。

 高すぎて普通に怖い。我に返った俺は顔を青褪めさせた。なして俺はてるてる坊主みたいな形で寝てたん。目ぇ覚ましてみたらこないな目に遭っとるとか気の弱い奴ならショックで錯乱してんぞ。


「アマツちゃん………なんで俺、こんなとこにいるんだ?」

「私のせいよ。あの雑魚を始末した後、私が電池切れを起こして体の制御権を失ったんだけど、貴方最後の最後で気絶してたの。なんでか下界の人達に姿を見られたから、現場を離脱するために飛んでる途中だったから、こうして東京タワーに引っかかっちゃったわけね」

「把握。なるほどなー。何気に手こずってたように見えたけど、あれを雑魚って言っちゃうかー。ところでアマツちゃん、俺ってばこっからどうやって降りたらいいん?」

「飛びなさい」


 俺に死ねと申すか。

 あ、いや、そういや飛べるんだったな今の俺。なんとなくやり方が分かる。

 恐る恐る魔力とかいうのをひり出す。蛇口を捻って魔力という水を出す感じ。そこに形を与えるのは、なんかよく分からん文字っぽい物を組み立てたパズル? 頭ん中に浮かぶイメージがそんなもん。多分これが魔法のロジックとかいう奴なのかもな。

 俺にゃあそんなもんを作る力も技術もねぇけんど、なんか自動的に出来上がっていた。それで体がふわりと浮く。ぉお、と声を上げた。


 すげぇ、今俺飛んでるよ。飛び方も分かる。ついでに人間とか機械とかの認識をすり抜ける魔法の使い方も分かった。

 ただでさえ空中にいるのが怖ぇんし、超スピードを出すのはもっと怖ぇから、認識阻害的なサムシングの魔法を併用しながらゆっくり飛び、何気に俺と並走しているアマツちゃんに声を掛ける。


「そういやアマツちゃん。あんたって消えるんじゃなかったっけ?」

「消えてるわよ?」

「………ん?」

「この私は高天原天津の残滓。貴方はあらゆる意味で若葉マーク付きの初心者だから、最低一回は戦闘をサポートするために遺したシステムが私なの。厳密に言えば高天原天津はとっくに消えてる。役目を果たして消えかけてた残滓が、無理矢理でも此の世に留まるためにこんな姿になったわけ。ほら、あるじゃない?」

「何が」

「魔法少女物のアニメにお約束のマスコットよ。私がそれになったとでも思えばいいわ」

「………俺が役目を投げんよう、監視しとるようにしか思えんが」


 俺が嫌そうな顔をしながら言うと、アマツちゃんは可笑しそうに破顔した。


「それ、私に言っちゃダメなやつじゃない。私が本当に監視する気でいたらね」

「しないのか?」

「しないわよ。必要ないから。その時が来たら、貴方は契約に則って自動的に戦場に飛び立つわ。私はあくまでサポート役。右も左も分かんない中で、一人きりってのもコワイでしょ」

「えぇ………やっぱそうなんのね」

「男なら覚悟を………あ、もう女になってたか。女は度胸よ、瀬田」

「なんで俺の名前知ってんですかね………」


 「一心同体の相手の個体名なんか、意識しなくても知っちゃうわよ」なんて宣ってくれちゃうアマツちゃん。女は度胸じゃなくて愛嬌っしょ、とか反駁すんのも野暮かなと思わなくもない。

 しっかしなぁ。俺、これからあんなバケモンと戦う羽目になっちゃうのか。

 落ち着いたから分かるが、変に抵抗したり逃げようとしたら、体がちぐはぐに動いちゃい却って危険な事になる。潔く戦うしかねぇんだろうなぁ。くそ。


「………俺も男だ、少なくとも中身は。しゃぁねぇし、腹ぁ括るとしますかね」

「その意気よ」

「………情けねえしダセェから一回しか言わんが、そもそもお前が俺を巻き込まなけりゃ、俺がこんな覚悟決めなくても良かったんだぜ。もうちょい申し訳なさってのを前面に出せとは言わんけどさ、さも当然でございって顔はしないでくれ。外見みてくれが可愛いマスコットでもぶん殴りたくなる」

「ぅ………それに関してはごめんなさいって謝るしかないけど………うん。なんなら私を仕返しに殺す? いいわよ殺しても」

「アホか。ひどい事されたからひどい事をしてもいいなんて、屁理屈にもなりゃしねぇっての。そりゃ俺も、身内にやらかされたってなりゃブチ殺しに行くがよ………ああいや、もういいわ。これ以上は繰り言って奴になるし」


 深々と溜め息を吐く。いい歳こいたおっさんが、こんなチビガキになんて言い草だ。アマツちゃんは自分の体寄越してまで生き返らせてくれたってのに。あーあーこんな現実、ラノベの中だけで完結させといて欲しいもんだ。

 っと、我がタクシー車両が見えてきたな。なんぼトロクサ飛んでても、障害物とかがない空を飛んでりゃすぐにつくわけか。

 気まずい空気を振り払うみたく、恐る恐る降下して車の手前に降り立つ。んで変身し、瀬田幸次郎形態に戻った。

 気怠い気分である。こげいな気分で仕事に復帰とかやってらんねぇぞ。


「仕事するの?」


 不思議そうに訊ねてくるアマツちゃん。俺は今確実に「コイツ何言ってんだ?」って顔をしてる。


「当たり前だろ」

「………私の魔術、じゃなくて魔法使えば普通にお金とか盗れるわよ。銀行からでも楽勝。仕事辞めちゃえば? 世界守ってるんだから働かなくていいでしょ」

「犯罪教唆とかやめろよ。真っ当に生きたいの、俺は」


 そう言って取り合わないでキーを挿しエンジン始動。ハンドルを握る。

 だが尚もアマツちゃんは言い募った。


「当たり前の対価だと思うけど………それに仕事中でもお構いなしにストリゴイは現れるのよ? その都度仕事抜け出すのは無責任でしょ。すっぱり辞めた方が普段休める分、戦闘のパフォーマンスと生還率が上がると思うわ」

「あのな。だからって人様の金盗んでいい道理は無ぇだろ。おたくの言うことは一々でっかくて現実味がないがね、良い事してりゃ悪事を働いていいって事にはならん。世界中の人によ、俺は正義の味方としてお前ら守ってんだから、お前ら俺の奴隷になれって言ってるのと同じだぞ、その理屈は」


 ふぅん、しっかりしてるのね、なんて呟くアマツちゃん。人をなんだと思っとるんだ。

 なんというか極端から極端に走る娘なんやなこの娘。まだガキみたいだし、そこらへん傲慢な部分もあるのかもしれん。

 しかし俺はああ言ったが、アマツちゃんの言ってる事にも一理はある。俺が働いてて、気疲れしてたせいで負けちゃい世界が大変な事になるってんなら、いっそ金ぐれぇパクって安穏と過ごしてた方がいいってのは分かる。そっちの方が合理的だ。

 だがそうはいかんのよ。俺、こんなでも子供いてんのよな。親って立場の人間が、胸ぇ張って生きられんやり方に手を出しちゃいかんと個人的に思う。今の俺はお世辞にも立派な大人じゃねえけどさ、越えちゃならん一線ってのはあるもんだ。


「なんにしても仕事抜けてた分、取り戻さにゃならんか」


 タクシー運ちゃん辞めてええとこに転職しようにも、バケモンとやり合う時が割とあるとしたら、おちおち仕事してられんのも確かだ。格好つけて見栄張ったけど、そこは認めにゃならん。

 俺の場合お客さん乗せてる時にバケモン退治に出向かにゃならんとなったらヤベェぞ。まさか放ったらかしして行くわけにはいかんし………。

 うーん、真剣に対策考えるとしますかね。いっそホントに仕事辞めて、貯金切り崩してやりくりするか。あ、その前に聞かにゃならねぇ事あったな。


「なあアマツちゃん、一つ聞きてぇんだけども」

「なに?」


 あんまブラブラ走り回るとガソリン代が高くつくが、今は一箇所に落ち着いていられる気分じゃない。なんとなしにドライブしながら訊ねてみた。


「俺さ、いつまで魔法少女とかいうのやらなきゃならんのよさ」

「え?」

「いやあれだよ。まさか永遠にやれってわけじゃねえんだろ? いつまでもバケモン退治みたいなヤクザな仕事、やってられねぇよ。今の仕事辞めたとして、貯金切り崩してやりくりするにしてもそう何年も続けられんぞ。こちとら生活かかってんだ」

「いつまでって………」


 ちょこんと助手席に座ってるアマツちゃんは、こてんと小首を傾げた。何当たり前の事を訊いてきてんだって反応に、嫌な予感を覚える。

 アマツちゃんは言った。さも当然の事を語るように。


「貴方が殉職するか、私が元いた世界でストリゴイや魔族が絶滅するまでよ」

「はあ………またぞろ訳分からん事言い出したな。つまりどんぐらいなのよ?」

「さあ? 私にも分からないわ。ただ、向こうじゃもう400年以上は戦争してるんじゃないかしら」

「400年!?」

「まだ戦いの趨勢がどうなるかわからないから、もう更に数百年かかる可能性も否めないわね………100年単位で頑張るのを目標にしましょう。大丈夫、小娘だった私でも200年やってこれたんだし、その経験の蓄積を使いこなせれば貴方もやれるはずよ」

「ちょいちょいちょいちょい! ちょい待ちぃや! あんた何歳? ってか100年とか普通死ぬるわ!?」

「私の享年は215歳よ。先日死んじゃったから………大丈夫、私の体は不老処置されてるの。豊葦原国の特別な技術でね。戦死とか精神死しない限り永遠に生きられるわ」

「おいマジで言ってんのそれ? マジモンのマジ?」

「マジ中のマジよ。大マジ」

「えぇ………?」

「くどいようだけど仕事辞めたら? 100年単位で生きてる上に老けない人が表社会にいたら、普通にこの世界じゃ大事おおごとよね?」

「そりゃそうでしょうけどね………ちょっと頭が理解拒んでるんで、ちょい待ってくれよババア」


 誰がババアよっ! なんて憤慨してるマスコットさんには悪いが、俺はもう頭が痛くて仕方ないんです。勘弁したってつかぁさいな、100年単位ってなんなの? 俺、これからどうなんの? どうしたらいいのよ?

 やべぇ、俺がトチって死んだりしなけりゃ、俺ってば娘とかより長生きすんの確定なのね。えぇ………? 本気で頭が痛いぞ。


「あー………やばい。なんか泣きそ」


 赤信号で停車した俺はぼやくように呟き、ハンドルに頭をつけて項垂れた。







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