第7話 街道の戦い②
貴族連合軍別働隊は、南門へ至るための四の防衛線の内既に三つを突破した。第一波の敗残兵と元は農民などの平民で構成される徴集兵が中心だったが、その総兵数20,000を超える。事前の砲撃と、猟兵たちの射撃によってその数を撃ち減らされ、敗走したものも多くいたが、未だ10,000を超える軍勢を以て突破を図ろうとしていた。
対するペドロが指揮する要塞軍別働隊は1,600名の兵力をもってこれに当たる。開戦時に2,000だったことを考えると、敗走して減った兵も含めることになるがキルレシオはおよそ25対1と圧倒的だったが、その多くが傷つき度重なる後退によって多くが疲労していた。最も顕著なのが第ニ線で白兵戦を繰り広げた擲弾兵達であり、その半数以上が死亡または戦闘不能となっていた。
第三線のバリケードが破られる。ペドロ前衛部隊が後退するために設けられた隙間以外からも敵兵が津波のごとく溢れ出し、猟兵の射撃だけでは抑えきれなくなる。
「来たぞ、十分引きつけろ」
街道の中でも開けた土地に存在する要塞は、大軍を展開するに十分だったが南門へ至るまでは防衛戦を超えねばならぬよう多くの壕が掘られ、まともな通路は十分に構築された防御線か壁上からの銃火にさらされる要塞よりの道しか残されていない。
通常の指揮官であれば罠を疑う状況であるが第一波の敗戦と魔術師の集中運用のための捨て石という懲罰部隊的な性格をもった兵たちに督戦部隊以外のまともな指揮官などいようはずもなく、自らを敵兵が潜む陣地へと運んだ。
第二線以降、猟兵からの射撃とわずかな要塞からの砲撃という妨害はあったものの最後の陣地を占領すれば自分たちの仕事は終わり、後は攻撃魔術師隊と攻城部隊の仕事になる。そう考えながら貴族連合軍の兵士たちは最後の力を振り絞るかのように第四陣へと突撃をかける。彼等の前に見えるのは僅かな障害物とまばらに配された兵だけという事実が、傷ついた体に鞭を打たせた。
「今だ、全門斉射!」
50門を超える砲が一斉に込められた散弾を吐き出す。円錐状に吐き出されるそれは、多くの兵馬を屠り最前線にいた敵は血煙に変わった。壁上から取り外されたカノン砲からは鎖で繋がれた砲丸が回転しながら兵をなぎ倒し、散弾と鎖弾が縦に横にと戦列をずたずたに引き裂くと、それを合図に左右の壕へと隠れていた歩兵たちが一斉に銃撃を加え、側面からも敵を崩す。猟兵達は足が止まった騎兵を中心に撃ち落とし、魔術師と督戦隊の人員を丁寧にそいでゆく。
敗走と後退の区別がつけられなかった者達は絶好のキルゾーンへと誘い込まれ、初撃だけで4桁以上の損害を出すも、乱戦に備え密集陣形を取っていた彼等は行くも退くも出来ず右往左往する内に銃砲弾の波に飲まれ、敗走する隊が増えるにつれそれは全体へと波及していった。
「砲撃停止。負傷兵は他のヤツに弾薬を渡せ」
突撃喇叭とホイッスルが鳴らされ、壕から歓声と共に着剣した歩兵たちが飛び出す。兵数は明らかに貴族連合軍側が勝っているにもかかわらず半包囲下に置かれた兵達は脱出路へ我先にと逃げ出す。最早敗走は潰走へと名を変え、我先にと皆逃避行へ移ってゆく。
その様な状態で最先鋒にいた者たちはさしたる抵抗も出来ず、次々と銃剣の餌となる。血を流し斃れるものが旧知の者だろうが縁者だろうが構いはしない。
「追撃する! 第一線まで追い立てろ!」
攻守が逆転した戦列歩兵達は鎖帷子や鎧に身を包んだ兵たちを追いかける。長距離を攻め上がってきた疲労と、装備の重量差から全力で逃げているつもりでも容易に追いすがられ、倒されていく。
「深追いするなよ、まだ要塞前面は戦闘中だ」
「おうとも」
砲兵達の更に後方に控えていた騎兵達が、待ちくたびれたと言わんばかりに逃げ回る敵兵たちを蹂躙していく。要塞戦や防衛線では用をなさなかった彼等の愛馬は曳馬代わりとして砲の設置にあてがわれた後騎上の兵たちは臨時の砲兵となっていた。
尤も高度な知識を要求される砲の運用では長距離射撃は出来ず、散弾を用いた近接射撃しか行うことは出来なかったためその鬱憤を晴らさんばかりに騎兵の本領を見せつけていく。
街道側の戦闘はヴァレリー達要塞守備兵側が勝利を収めたが、兵力を抽出した要塞側はその分芳しくなかった。既に壁上の各所では白兵の剣戟が響き、一部は占拠されつつある。戦場の女神たる砲兵は過熱した砲身や砲車の故障が相次ぎ多くが沈黙し、砲兵たちは修理に追われていた。
「これだけの損害を出してまだ退かないのか……」
苛立たしげにヴァレリーはつぶやく。彼等が取っていた密集陣形は砲兵達にとっては格好の餌だ。今は沈黙しているとはいえ、三時間近くの持続射撃による砲弾の雨はそれだけで一軍を滅ぼすほどの投射量がある。
そう判断しているヴァレリーにとって敵軍の予想外の粘りによって、目論見を外された。既に日は西へ傾き始め、次々とやってくる敵兵に彼の部下たちの損害と疲労も最早無視できない段階へときていた。
「砲兵達に白兵戦でもさせますか?」
焼け石に水だ、とホルベルトの問いに短く返しながらヴァレリー自身も剣を取り敵兵を斬り捨てたあと登ってきた兵を拳銃で撃ち落とす。バランスを崩したその兵はハシゴにすがりつきながら味方ごと地面へと落ちてゆく。
「敵の一部が崩れました。街道側から横槍が入った模様」
伝令兵の報告に街道へ視線を移すと、山形に二つの三日月を象った軍旗が翻り、攻城兵たちの側面から射撃戦を展開しており、遠方では敵兵を追い立てる騎兵達の姿が見えた。
ここに来て南門の攻略に失敗したことを知った貴族連合軍側の兵たちに動揺が一気に波及し、横槍を受けた隊を中心に徐々に隊列が崩れ、ついには逃げ出すものが出始めた。
平静な状態であれば、傷つき撃ち減らされた彼等の攻撃など無視できる程度のものだったが、銃火に晒され圧倒的な数を用いても落ちぬ壁を前に。そのようなことを考える余裕もなく、攻城にかかっていた兵たちの士気はダムが決壊するように崩れさり、西日の中多数の屍を晒しながらもヴァレリー達は勝利を掴み取ったのである。
魔術世界の戦列歩兵 麻野栄五郎 @uranff10
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