第2話 貴族連合軍

 先鋒の敗退を耳にした総指揮官ハラード侯アントニオは忌々しげに敗残の列を眺め、その報を聞いていた。総指揮を任じたムラーノ伯爵を始め数多くの子飼いの貴族たちの戦死報告が次々と舞い込んでくる。なのに彼らは生きて戻ってきたのだ。

 現時点で貴族連合軍に入っている情報では先鋒軍18,000の内8,000がわずか一時間足らずの戦闘で壊滅したこと、残りの10,000も無傷では済んでいない。


 あの要塞を前に文字通り兵力が溶けたのだ。その大半は急遽雇用した傭兵たちであるが、それは次からは捨て石を置かず攻めねばならぬことを意味している。

 短時間で圧倒的な戦闘力を見せたあれを落とすための策を練り直さねばならないと侯は歯噛みするが、未だ手元には80,000を超える手勢がある。逆に言えば侯にとってそれは枷でもあった。本来であれば早々にここを突破し、先にあるモーロの街を始めとした豊かな交易都市での補給をもくろんでいたからだ。


「敗残兵の収容は終わりました。参戦した貴族27名の内16名が戦死または行方不明です」


「過ぎたことを悔いても仕方ない事だ。当座の問題を先に片さねばならなぬ」


 候は主だった者に軍議を開く旨を知らせるよう従者に言いつけると席を立つ。陸上交易路の大動脈である街道を占拠していため貴族連合軍の力を持ってすれば年単位をかけて彼らを締め上げることは可能だ。

 竜の背骨と呼ばれる山脈の合間に奇跡的に出来た平地を通るモスカー街道は帝国が彼のモーロの地を得てより整備に血道を上げた街道の一つである。時間はかかるが投石機や攻城塔を持ってくることだってできるだろう。


 しかし、今戦場となっているのはここだけではない。もう一つの山脈の切れ目であるアン=ロレアル街道とイード海からの海上輸送を用いた三方面作戦だ。遅参して取り分が減らされるのは避けたい。候自身が盟主となって自身満々に進めた策という点も一番乗りを果たす必要性に拍車をかけた。

 軍議の場で侯は居並ぶ貴族連合軍指揮官に向けてそれらの事情を悟られぬよう、自信に満ちた表情を作って宣言した。


「明日動ける全軍を用いて再攻勢をかける」


 既に先鋒敗戦の報は全軍に行き渡っており、兵たちの士気にも影響が出ている中の宣言である。それを聞いた貴族達は異口同音で無理だと口にする。わずか一時間足らずの戦闘で2割近い戦力を喪ったばかりである。街道を抑えている今、兵糧攻めに徹するべしと言う意見が多かった。


「諸兄らの言うことにも理はある。だが、我らは街道を抑えているとはいえ包囲をし

 ているわけではない。それに、先鋒が敗退した理由は我々が奴らの持つ武器を知ら

 なかったことによるものだ」


「ではハラード候はそれを破る策がお有りだと?」


 ある。断言した後侯爵は区切りをつけるように用意された葡萄酒を一気に煽るとその策を口にした。彼が口にしたのは銃砲が未だに軍の主力たり得ない理由で、誰にも考えうることだ。だが一時間という極短時間の内に先鋒のおよそ半数を屠った彼らにそれが通じるか疑念の声が巻き上がる。更にその策には問題があった。


「確かにハラード侯爵閣下の言うことに理はある。ですが、それでは戦列が長くなりすぎてしまいます」


 彼の策では横隊を組めるのはせいぜいが200m程度で要塞の1/5にも満たない戦闘幅しか取れない。軍としての隊列を維持した場合最大限に密集したとしてもそれは長大な距離となり、大軍の利を殺すこととなる。


「もちろん、これは主力を中央に据えてのことだ。側衛には徴集兵と先ほど敗退した先鋒軍を当てれば良い」


「しかし我らがこの地に来てまだ1週間、城攻めは今日始めたばかりです。ここまで急ぐ必要があるのでしょうか?」


 当然の疑問だ、本来攻城戦は一日二日で決着がつくような代物ではない。籠城の性質上戦闘の主導権は攻勢側にあるため侯爵のような電撃的攻略作戦を行う必要は無い。とはいえ、あちら側の街道を抑えているわけではなく兵糧攻めを行うことは出来ない。


「先ほど知らせが入った。アン=ロレアル街道を進軍した友軍が敵の大部隊と対峙

 した。その中にはハンデロー侯ジュリアナ・デ・オリベイラの軍旗があるらしい」


 候はここで一つ嘘を吐く。対峙する敵軍の数を過小に彼らに伝える、野戦においての数的優位は攻城戦とは意味が異なる。

 10倍という差は無いが、自身らも野戦であればこんなところで今頃軍議などを行っておらず今頃はモーロの街を占領していたであろうことを話す。それがたとえ半数の兵力であってもだ。


「友軍を敵中に孤立させるべきで無い……ですか。侯爵閣下にしてはお優しい弁だ」


「何が言いたい、タホ男爵」


「はっきり言ったらどうです? 今落とさねば戦後の利権に関わると。失態を犯せば切り取れるパイが減る……それがたとえ盟主であっても」


 言わずとも皆気づいていた。虚実の内あえて虚を取ることが美徳の貴族たちの神経を逆撫でする。侯があえて名分を作ったというのに、それを無に帰す発言は無謀を侵す言い訳を探していた貴族たちにはいささか迷惑な事だ。


「それが事実だとして、どうだというのだ男爵」


「我々は今回はご辞退させていただきたく」


「ほぅ、名うての傭兵で鳴らした貴殿が臆したか」


「名跡を背負う方々と違い、成り上がり者ですので」


「ならば暇をくれてやる。何処へとも好きに行くが良い」


 ニヤリと、不敵な笑みを浮かべながらタホ男爵はうやうやしく頭を下げその場を後にした。

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