第6話 街道の戦い①

 要塞西壁が地獄と化す中街道上に設けられた陣地に籠もる兵たちはその音をただ聞きながら来るともわからぬ敵を待ち続けた。

 実戦経験のある擲弾兵グラナディーロや多くが元傭兵で構成されるペドロの中隊以外の者達は緊張した面持ちで砲の放つ声に耳を傾ける。そんな彼らの目の前にボロボロになりながらも姿を現す一軍がいた。

 ハラード侯より捨て石とされた側衛達と、石灰弾が撃たれる前に分派した魔術騎兵たちだ。彼らは壁上からの銃撃を避けるように街道中央から南側を死にものぐるいで駈けてきた。


「思ってたよりも少ねぇなぁ……。各隊の指示で射撃開始」


 喇叭がの指示を前線にも伝える。少ないとぼやいたペドロだが、彼らの正面にいる兵たちはそれでも4,000を下らず、最低でも倍する兵力に当たらねばならぬのだが、その表情は不満の色がある。正面の敵の数が少ないということはそれだけ壁に集る敵の数が増えるということを意味している。


 喇叭の音色が鳴り響いてしばらく、最前線では猟兵カサドール達が射撃を始める。彼らが持つ彼らが持つ施条銃ライフルは壁上の歩兵が持つ滑空銃マスケットより射程が長く、精度も高い。事前の砲撃で士気が下がっていた兵たちを敗走させるには十分な一撃だった。

 督戦する騎士たちは逃げ惑う徴集兵達の首を跳ねながら退くなと声を張り上げるが、味方に殺される同朋を横目に見ながらも敗走の足は止まらない。

 自陣へ追撃をするわけにもいかず、側衛の指揮官アルテッツァ伯は魔術騎兵と後詰達に突撃を命じ、さらなる脱走者が出る前に決着を図る。

 砲撃によって撃ち減らされた者と敗走した兵を抜いても手持ち兵力17,000をもってすれば街道側の突破には十分な兵力だと伯は判断する。


「限界だ、退け!」


 土嚢を積み上げただけの簡素な陣地は騎兵の突撃には無力だ。銃剣を兵装していない猟兵達にとって高速で迫る騎兵は天敵といえる。いくらかの発砲音をと敵の落馬を残して次に定められた陣地へと走る。制服の濃い緑に猟兵を指す赤いサッシュをつけた一隊を金の刺繍が施された舟形帽をかぶった擲弾兵達が迎える。


「行けいけ! 後は任せろ」


 ランスを構えた重騎兵たちに混ぜられた魔術騎兵たちが味方を守る傘ではなく、その力を攻撃に転じて陣地にを吹き飛ばし、宙に巻き上げられた土嚢が土煙となる。障害物の無くなった騎兵は整備された街道を悠々と駆け抜け、逃げ遅れた猟兵たちをその穂先へと捉え、勢いをそのままに第二陣地へと迫る。


「限界まで引きつけろ、第一列構え、狙え!」


 撃てフォーゴの号令と共に第一列180名の小銃が一斉に火を吹く。精度の悪いマスケットだが、十分に引き付けられた的の大きな騎兵達の多くが地に落ち、血と土に塗れる。第一斉射を免れた者たちも第二・第三列の射撃によって続々とその数を減らしていった。

 銃の効果はそれだけにとどまらない。馬は繊細な生物であり、戦場の緊張には慣れていたが、銃声とそれに合わせられた同朋ともがらの死は少なくない数の恐慌を生み、制御不能となった愛馬に振り落とされるものも少なくない。

 間抜けなことだが、銃弾にも愛馬の狂乱にも見舞われなかったものの中には自ら馬防柵へと突っ込み、串刺しになったものもいた彼らの盾であり矛である魔術師は後方から来る歩兵達のためにバリケードの排除に忙しく、騎兵達への掩護を怠ったこともその一助となっていた。

 再先頭の騎兵達の統率はもはやなく、騎士の誇りとやらをかなぐり捨てて敗走するものまで出始めた。

 しかし戦闘は一方的とはとても言えず、数に任せての突撃は擲弾兵たちから徐々に射撃の機会を奪い、追いついた歩兵達は馬防柵の前で歩を進められない騎兵たちをよそに白兵戦を仕掛ける。


 屈強な大男達で編成された擲弾兵達は小銃を槍へと変え、馬防柵を乗り越えてくる徴集歩兵たちを銃剣の刃で歓迎する。

 砲撃に晒され、長距離を必死の思いで駆けて来た兵達の疲労はピークに達しており、数の優位を生かせぬままその屍を積み上げていった。

 農繁期である初夏に無理やり徴収された彼らも猟兵達が督戦を仕掛ける騎士たちを第三陣地から狙撃したことにより、蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。未だ死地へと向かう友軍と督戦に勤しむ騎士たちを避け、運良く街道南側に出られた彼らはその生命を永らえた。

 要塞壁面のある北側へと歩を進めた者たちは進路を未だ落とせずに居る攻城兵たちに阻まれ、壁上からの銃撃に斃れた。


傭兵隊長シェフ殿! 第二線もうそろそろ潮時だ」


「よし、撤退喇叭……を鳴らしたところで抜け出すのは難しそうだな。猟兵を第四線

 まで下げさせろ」


 指示を出すと、ペドロ直轄の歩兵たちが中隊ごとに縦列を作り、バリケードの合間を悠々と行進する。今まさに、死闘が行われている最中へ向かおうとしているその中で急ぐこともなく隊列を維持したまま。

 その中には待ちくたびれたと言わんばかりの笑顔を浮かべる者たちもいた。傭兵から正規兵となって3年、戦争狂ベリシスタたちは嗤う。

 逸る足並みを太鼓で整え、猟兵達とすれ違う。敵味方が折り重なるようにして倒れる最前線で剣戟の音の紛れて、小銃が火を吹いたと同時に彼らを守っていた最後の馬防柵が崩れ去った。


「後退だ。擲弾兵中隊は第四線まで退却、ここは俺たちが引き受けるある程度距離を

 取ったら擲弾プレゼントを投くれてやれ。それを合図に俺たちも下がる」

 

 乱戦での後退は至難のことであるが、射撃による横撃を受けた弱卒達にも大きな隙があり、傷ついた擲弾兵達は徐々に後退・再整列を行う。


「擲弾用意! 乱戦の味方に当てるなよ」


 投擲の号令と共に一斉に擲弾が投げられ、乱戦の前方が爆風と破片の嵐を起こす。

それを見た戦列からは退け、退けと各所で声が上がった。第二線を占拠した後方の惨状を知らぬ歩兵達からは剣を振り上げ大歓声があがった。


「勝ったぞ。奴らしっぽを巻いて逃げていきやがった」


「ざまぁ見やがれ」


 崩壊寸前だった貴族連合軍分遣隊の士気はわずかにこれによって持ち直すがその被害は凄まじく、わずか500余名の擲弾兵連隊に対して敗走も含めて2,500名の兵力を失うこととなった。 


「走れ、走れ。リグス、信号弾」


 勝鬨を上げ終え、後続の兵と合流した貴族連合軍は後退するペドロ達を追撃せんと歩を進める。負け続きだった彼等にとって、得た初めてとも言える勝利が足取りを軽くする。守り手の居ない第三線を占拠すると、更に勢いをましたように前へ前へと先程までと打って変わってバリケードの合間に設けられた彼等の退却路へと殺到し、押し寄せる後続とバリケードに挟まれ圧死する兵も出る始末である。

 

 そんな彼等の狂乱は空から降り注いだ榴散弾の雨によって水をさされるものの、臼砲ほとんどが西壁側に振り分けられているため被害は少ない。最も威力のある大口径の榴弾砲は壁に阻まれ、射角を取れずに居る。第三線のバリケードは容易く破られ、最終防衛ラインである第四線は間近となっていた。

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